古墳奮闘

   古墳絵日記……GoogleMapにピンリンク~続きを読むでプチ感想・情報

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西の谷古墳群

同じく旧真備町、大円寺の北に駐車スペースがあり、そこから西に登ります。
4基ほどから成るようだが石室が確認できるのは1基のみ?

西の谷2号墳
尾根南は畑ですが、北上すると竹林に入り山道の真下にあります。
先の盛り上がってるところが墳丘
P2290063.jpg
↑クリック頂部...天井石材が微かに露出

西に開口
P2290064.jpg
↑クリック別画像...天井はかろうじて埋まってる

覗き込むと、、、真っ暗です。そもそも竹林で薄暗い場所ですのでライト無いと何にも見えない
P2290065.jpg
↑クリック-やや内部から...ゴミが散乱

長さ2m w=0.7m h=0.7mの羨道を抜けると d=4m w=1.8m h=1.9m の玄室
P2290066.jpg
↑クリック縦画像...大きな石材をキッチリ積んでます。!住人(?)もかなり大型(^^;

奥壁~ 最上部だけ...ちょっとなぁ(笑)
P2290067.jpg
↑クリック縦画像...それでも面は揃ってる

奥から~ 堂々の両袖式。玄門手前が一段低くなってます
P2290089.jpg
↑クリック縦画像...with天井。持ち送り無し

玄門部拡大。左右の袖の仕様が異なる
P2290080.jpg
↑クリック縦画像...天井に頭をぶつけないよう要注意(撲ったらしい(^ ^ゞ)

ゴミさえなければ超お薦めの隠れた穴場デス。

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  1. 2008/02/29(金) 23:12:45|
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土地衛古墳

倉敷市真備、箭田大塚古墳から南西約500m、土地衛池の畔に位置。
道沿いにありますが現状は墓地の土台になってる

南東向きに開口
P2290110.jpg
↑クリックZoom...羨道部崩壊散布

開口部正面 幅は1.6m 高さ1m弱
P2290111.jpg

内部...ほとんど埋もれてる(汗
P2290112ss.jpg

が...奥には空間。3mほど先に奥壁も見えます
P2290117.jpg
地蔵さん等、祀りものが無ければ入れないこともないのだが・・・(^^;

背後から...この一画の中に石室が!
P2290121.jpg
↑クリック逆から

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  1. 2008/02/29(金) 22:20:59|
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こうもり塚古墳

岡山県~こうもり塚物語の第三話(最終回)でございます。それも倉敷市内...誰も知りません(笑)
それもそのはず、1分も歩けば総社に入ってしまう隅っこ、オマケに嶮しい山頂。
実はそこそこ道があるのですが、地図を見ると誰も行く気がしないかと(^^;
※仙人塚古墳とも呼ばれているようです

山頂尾根で墳丘は藪に覆われてる。。。南向きに開口。
P2280003.jpg
↑クリック正面...羨道はもっとあったのかも?

羨道から内部...偶然だろうか?
P2280004.jpg
↑クリック縦画像...まぐさ石が低い吉備路のこうもり塚のパタン

内部から羨道~d=5.5m w=1.1m h=1.6m
P2280005.jpg
↑クリック縦画像

玄室は d=5m w=2.1m h=2.2m 奥壁上がちょい破損。惜しいけど、おかげでよく見学できます
P3254054.jpg
↑クリック縦画像...これまた伊達にこうもり塚を名乗ってません(^_^)


側壁~ 3~4段
P3254055.jpg
↑クリック 逆サイド...@自然光

奥壁は1枚+3段。
P3254056.jpg
↑クリック縦画像...側壁も含めて横長の石材が多い

玄門~右片袖式←袖柱は巨大で丸っこい
P3254057.jpg
↑クリック 縦画像...まぐさ石も立派。ツボは押さえてますにゃ

奥から~ 石材共々ダイナミック 全長は10.5m
P3254058.jpg
↑クリック縦画像...with天井

かつては前方後円墳とされていたようですが、実際かなり紛らわしい墳丘。
しかも連なってる丘にかなり大きな石室を抜いたような跡があります。

で、埋葬者は真備(箭田大塚古墳)側なのか、総社(久代大塚古墳)側なのか?

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  1. 2008/02/28(木) 17:03:18|
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古城池南古墳

笹沖→水島に抜ける古城池トンネルの南口。
その名のとおり古城池の南側にあります(右隅が古墳、背後が古城池)
P2250363ss.jpg
実際には池との間に2本の道路が通ってます

南西向きに開口部
P2250364ss.jpg

石室内部 d=5.8m w=1.7m h=1.8m
P2250365.jpg
↑クリック縦画像...一部は土嚢積み

実はこの古墳、隣の道路計画時点で消滅する運命にあり、
その際急遽調査されるも実際には難を逃れた経緯アリ。
といってもやはり万一崩れては下の道路に石材が転落する危惧も捨てきれなかったようで
必要以上に土嚢で固められてます。
なお、その調査で倉敷地区で2番目に古い石室とされている(1番はどこ?根拠は?...と謎を残すが)

奥壁...古いというわりには拘りをみせる
P2250367ss.jpg

側壁も石材は小さいが均一大で面も揃ってます!
P2250374.jpg
↑クリック逆サイド...ホントにそんなに古いのか?

資料では片袖式。おそらく右...土嚢で埋もれてるので定かではないが...
P2250375.jpg
↑クリック逆サイド...左はシンプルだし

奥から~ ほとんど土嚢ですが(汗
P2250379.jpg
↑クリック縦画像...天井部にも特に古さは無い

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  1. 2008/02/25(月) 23:54:14|
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湾戸古墳群

福田公園の北東、老人ホーム下に広がる集落付近に位置。
7基から成っていたが最大の7号墳(d=8m w=2m規模)は老人ホーム敷地造成で消滅

湾戸5号墳
老人ホームの南から畑に降りる道ぎわ。ココだけ雑草に覆われてるのですぐ判ります
P2250342.jpg
↑クリックやや斜めから...南に開口。羨道は崩壊し散らばってる

玄室内部 d=5.7m w=1.7m h=1.9m
P2250346.jpg
↑クリック縦画像...玄室は完存!

奥壁付近...1枚+礫石
P2250347.jpg
↑クリック縦画像...石材点数は多いがスッキリ

奥から~ つっかい棒になってるが、元はおそらく右片袖式
P2250349.jpg
↑クリック縦画像...with巨石天井
地元では『防空壕痕』で通ってるようです(^ ^ゞ



5号墳より南に250mくらいの所に3棟のコーポがあり、その西斜面の竹林の中にも点在

湾戸1号墳...やや南よりに綺麗な墳丘
P2250326ss.jpg
こーゆーアングルで現れると至福の時(笑)

南に開口部
P2250327ss.jpg

墳丘のわりに残存石室は短く天井を有するは3m弱
P2250328ss.jpg

奥から~ 左片袖式か
P2250333ss.jpg



湾戸2号墳...1号墳より100mくらい北に位置し、やはり墳丘は◎
P2250335.jpg
↑クリック縦画像...多くの石材は抜かれてるようだ

南西向きな開口部
P2250341.jpg

石室内部 d=3m w=1m h=0.9mほど
P2250336.jpg

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  1. 2008/02/25(月) 23:35:00|
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広江北地西古墳群

前記事、三軒屋古墳群の南に小高い山がありその頂上に位置。
北側麓にJFEの施設のものと思われる駐車場あり(駐めてもよさげ)<三軒屋古墳群もココから徒歩
北東麓沼辺りから登ったけど道は無いに等しい(^ ^ゞ。2基から成るが、1号墳は見つからず・・・・

広江北地西2号墳...頂上なので乾燥、墳丘は流失
P2250308.jpg
↑クリック背後から

南向きに開口。羨道(d=2.5m w=1m h=0.8m)もちゃんと残ってる
P2250309.jpg
↑クリック羨道から内部

内部から玄門&羨道...なんと両袖式!若干朱塗り痕か?
P2250310.jpg
↑クリックTele...玄門に大きめの側壁材が食い込む珍しい(?)構成

奥壁一部欠損の玄室 d=4m w=1.8m h=1.75m
P2250312.jpg
↑クリック縦画像...持ち送り顕著

奥から~ つくりはやや荒いが……
P2250313.jpg
↑クリック縦画像...堂々の中規模石室

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  1. 2008/02/25(月) 23:00:00|
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三軒屋古墳群

福田公園の東側、JFE施設に向かう道と畑の間に位置。東西に並んでおり車道からでも見える

その1<3号墳?...一番東、溜池堤防下から畑に降りる道際
雑木の直撃を受け何が何だか判らない状態
P2250273.jpg
↑クリック別角度...どっちから見ても不明(^ ^ゞ



その2<5号墳?...1よりやや西(下)、石室露出
P2250274.jpg

どう見てもこちら側が羨道のはずなのだが
P2250279.jpg
↑クリック拡大...閉鎖されたまま?



その3<2号墳?...2の西に隣接。墳丘健在、南に開口。状態良すぎて開口部狭し
P2250280.jpg
↑クリック拡大...手前の竹がなければ入れないこともないのだが

カメラ挿入で石室内部...d=2m w=1m h=0.9mくらいか
P2250284.jpg
↑クリック別画像...奥壁以外はかなり細かい



その4三軒屋1号墳...一番西、2~4は並んであります。
P2250290.jpg
↑クリック拡大...南に開口

持ち送りのない真四角な玄室 d=5m w=1.3m h=1.4m
P2250292.jpg
↑クリック縦画像...with天井

奥壁付近
P2250295.jpg
↑クリック縦画像...妙な積層?

奥から~
P2250297.jpg
↑クリック縦画像...with天井

ポイント↓はその4ですが、ほぼ同じラインにあります。
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  1. 2008/02/25(月) 22:52:36|
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広江南地古墳群=前編

瀬戸中央道、水島ICから西へ約2km、鷲羽山スカイラインに入りかけてすぐ西に見える山の果樹(梅)園内

広江南地2号墳...果樹園の隅にひっそり墳丘
P2250253.jpg
↑クリック別画像...やや斜めから

西向きな開口部...2段な理由は、まぐさ石。手前に羨道跡も残ってます
P2250254.jpg
↑クリックZoom画像

先ずは覗いてみると...やはり異物が若干。まぁこれくらいはヨシとしましょう(^ ^ゞ
P2250255.jpg

かなり古そうな玄室 d=4m w=1.8m h=1.7mほど。
P2250258.jpg
↑クリック縦画像...小さめの石材だが全体の形は整ってる

奥から~ 積み重ねた右片袖式。残存羨道は2m弱、w=0.9m h=0.6m
P2250262.jpg
↑クリック縦画像...いやぁ~、立派な石室ですがな



広江南地3号墳...2号墳より60mほど東。車道から↓は見えます
P2250252.jpg
↑クリック別角度...根と石材が絡み合ってる

墳丘上から
P2250243.jpg

危うく残ってる石室&天井1枚
P2250244.jpg
↑クリック縦画像...石室残像は4m以上 w=2m

奥から~ 2号墳とは逆に東に開口
P2250248.jpg
↑クリック奥壁の一部画像

1号墳は2号墳の南西200mくらいの雑木林の中らしいのだが見つからず(T_T)
 ↑後日発見 → 後編

↓ポイントは2号墳 (続きに分布図)
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  1. 2008/02/25(月) 21:04:01|
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谷塚古墳

別名『一つ塚古墳』玉島八島、新倉敷駅の裏山、山陽自動車道の南側に位置。
作陽大学北側から高速沿いの道を1.2kmほど、交差する直前に駐車スペースあり。
果樹園(一帯は白桃で有名)の一画、かろうじて石室を覆ってる感じの墳丘。眺めは良い!
P2220152.jpg

南向きに開口。しかしながら・・・やはり便利に使われちゃってる(^^;
P2220154.jpg
↑クリック拡大...羨道は消失気味

玄室内部...d=5.5m w=2m h=1.8mほど。+天井消失羨道長は約1.8m
例によって奥壁隅に穴を開けられてる果樹園仕様。タンスまであるのは初めてだが!
P2220155.jpg
↑クリック縦画像...with天井

側壁、、、面の揃った大きめの石材。かなり後期か?
P2220156.jpg
↑クリック逆サイド

奥から~
P2220160.jpg
↑クリック縦画像...with平たい天井

荒れて見えますが石室自体の状態はそれほど悪くはない。
某お寺横の古墳を市史跡にするくらいなら、コッチを指定して内部を一掃してほしい>倉敷市

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  1. 2008/02/22(金) 23:57:09|
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七社神社北古墳

玉島黒崎の南浦地区、倉敷市の西の端っこで県道471号沿いの七社神社の北側に位置、
まんまのネーミングの割りには100m以上、県道を隔ててちょっと離れすぎ。
梅花の背後に開口~(*^.^*)
P2220211.jpg

県道からも見えるALL露出石室...洗われた如く
P2220212.jpg
↑クリック拡大画像

いろいろ詰め込まれてる(汗
P2220215.jpg
↑クリック正面画像

内部...d=5m w=1.6m h=1.5m 奥壁は1枚石。
P2220216ss.jpg

奥から南...積み方は荒いのかな?隙間には礫石が挿入されていたんだろうけど。
P2220218ss.jpg

背後から露出天井
P2220220ss.jpg

横(東側)から...天井は必要以上に分厚い
P2220221ss.jpg

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  1. 2008/02/22(金) 23:28:14|
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殿山古墳

浅口市寄島町、鴨方からの県道284号沿いの畑に位置。
事前にリストアップできてなかったのですが走行中目に入りました
県道から見える図
P2220197.jpg

南向きに開口、ほとんど露出状態
P2220207.jpg

石室内部...現状はd=3.8m w=1.4m h=1m ほど 奥壁は1枚石の予感
P2220202.jpg
↑クリック縦画像...埋もれてるというより周りと同じ勾配

内側から...入り口付近の隙間にはコンクリート
P2220208ss.jpg

横から~ 外部も若干固められている
P2220210.jpg
↑クリック上から画像...2枚の天井石

海も見え始める見晴らしの良い丘で、
元の大きさは測り知れませんが、かなり立派なものだったかと。

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  1. 2008/02/22(金) 23:00:00|
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金比羅古墳

浅口郡里庄町里見上川。
観音塚古墳から西に直線距離だと約50m。想定外の導標のビックリ(笑)
P2220170ss.jpg

矢印に従えば10mくらいで ほころび始めた梅と共に15mほどの墳丘
P2220170sss.jpg

南西方向に開口...説明板も完備by里庄町
P2220171.jpg
↑クリック説明板...虚空蔵山って、なんかスゴイ(笑)

開口部正面、、、全長9.1mだが、羨道あたり3mは天井消失
P2220173.jpg
↑クリック縦画像...名前が名前だけに頂部に祀りモノあり

状態のよい玄室。 w=1.4m h=1.95 持ち送り僅か
P2220180.jpg
↑クリック縦画像...最奥以外の側壁材は小さめ

奥壁あたり...側壁と大差ない。石の質も同じ
P2220181.jpg
↑クリック縦画像...withちょっと天井

奥から....ずど~んと無袖式
P2220188.jpg
↑クリック縦画像...with整った天井

おそらく町内=郡内最大の石室墳。
上には色々乗ってるが内部には祀りモノが無いのも◎

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  1. 2008/02/22(金) 21:27:21|
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観音塚古墳

笠岡南部の東隣、浅口郡里庄町(その他の浅口郡の町は浅口市になったが里庄町は裕福なため拒絶、浅口郡と浅口市が個別に隣接するという紛らわしい事になってる)

R2から里庄町役場へ向かい、手前を西に....道なりに北上すれば大原西地区。
池の西側に駐車スペース若干アリ(池の東が大きな墓地なのでお参り用?)
民家の合間にありますが説明しにくい<GoogleMap参照。
P2220163s.jpg

その名の通り、観音様が祀られている
P2220165ss.jpg
石室としての残存率は低いが、ある意味綺麗に残されてる

南に開口正面
P2220166.jpg
↑クリック縦画像...天井は露出状態

上から
P2220169ss.jpg

奥壁あたり w=1.4m h=1.8m
P2220167ss.jpg

天井は最奥のみで側壁も4m弱ですが幅&高さは金比羅古墳に迫るのでもっと大きかったと思われます。

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  1. 2008/02/22(金) 20:40:12|
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高鳥居山南麓古墳

二子14号墳でお馴染みの山、ゴルフ場の南側斜面に位置。
27基ほどから成る二子高鳥居山古墳群なのですが広範囲に渡るうえ分布図など全く無し。
大半は竪穴式と思われる墳丘墓や箱式石棺墓、横穴式は4基~5基ほどみたいデス。
二日間、闇雲に歩き回ってやっとみつけた1基(^ ^ゞ
P2210128.jpg
↑クリック縦画像...天井は露出に近い

命名されてることも知らなかった。二子高鳥居山8号墳のように思われますが・・・
P2210145ss.jpg
この名前だと近場にはもうありそうにない

石室内部...d=5m(天井アリは3mほど) w=1.4m h=1.1m 予想外でかなり後期...というか
P2210135.jpg
↑クリック縦画像...限りなく終末期に近い(状態悪いが方墳っぽい?)
二子14号墳は終末期だが1~13,15~は中・後期

奥壁周辺
P2210137.jpg
↑クリック縦画像...with天井

奥から~
P2210139.jpg
↑クリック縦画像...with天井

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道中出会した箱式石棺
P2210149.jpg
↑クリック縦画像...内幅は40cmほど




追記:2009.Mar
こうべ塚古墳 / 二子高鳥居山23号墳...高鳥居山南麓古墳のある池の南西尾根上
P3022303.jpg
↑クリック 別角度...石棺の蓋の上に南無阿弥陀仏は立ってます。右隣の台石もおそらく蓋

上から~ 左隣の蓋も残ってます
P3022304.jpg
↑クリック さらに真上から

僅かな隙間から内部。石槨ではなく確かに箱式
P3022305z.jpg



30mほど東、同じ尾根上に露出してる箱式石棺
P3022316x.jpg
[高鳥居山南麓古墳]の続きを読む
  1. 2008/02/21(木) 17:48:13|
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宮山西塚古墳

岡山市内ですが東の端、吉井川際の百枝月岡地区にあります。
市史跡でかなり有名な割りに駐車場はないし、、道は細いし、、、
まぁそんな不満を吹き飛ばすほどの石室ではあるのですが(^_^)

竹林に墳丘~ 約17m*5m(現状)
P4285581z.jpg

説明板...石室全長13.5m 6Cとなってるが7Cぢゃなかろうか?
P4285582z.jpg

南に開口
P4285583.jpg
↑クリック 接近...羨道もほぼ完存

羨道から内部
P4285584.jpg
↑クリック 斜めから入り口

8.2mの羨道内部から
P4285585.jpg
↑クリック縦画像...with 天井+石棺

凝灰岩(竜山石)製の刳抜式石棺...身だけ、それも何故か羨道に L=1.8m w=0.9m(外寸)
P4285586.jpg
↑クリック縦画像...ほとんど埋まってますが

玄室 d=5.3m w=1.6m h=1.8m ←数字を見て驚くほど実際にはもっと大きく感じます
P4285587.jpg
↑クリック縦画像...石材が大きいのがその理由。羨道比で小さいのは否めないが

側壁~ 
P4285588.jpg
↑クリック 逆サイド

奥壁も1枚鏡石
P4285589.jpg
↑クリック縦画像...せっかく持ち送り仕様の形なのに(^ ^ゞ

玄門~両袖式だが右側は僅か このあたりが終末期っぽい
P4285590.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

奥から~ 
P4285591.jpg
↑クリック縦画像...with天井

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[宮山西塚古墳]の続きを読む
  1. 2008/02/19(火) 23:42:20|
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