古墳奮闘

   古墳絵日記……GoogleMapにピンリンク~続きを読むでプチ感想・情報

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摩利支天古墳

倉敷市有城、岡山短大/学院大の敷地南東に隣接する竹林の中。
ちなみに摩利支天とは陽炎(かげろう)を神格化したものだそうですが・・・
目の前に現れた神は妙な御姿(コレぞ神妙(^^;)。奥壁が板状ではなく墳丘に沿った岩!
P3280135.jpg
↑クリック 縦画像...神というより巨大カブトムシです(^ ^ゞ

墳頂には昭和以降のものでしょうが摩利支天と刻まれた碑、台座は木に食い込んで宙吊り。如何にも神業!
P3280136.jpg
↑クリック 全景...大半の盛土は流失

石室は南東に開口。いきなり玄室のようだが、羨道の有無は跡形もなく不明
P3280137.jpg
↑クリック 別画像...with 墳丘

玄室内部...側壁は急な持ち送り d=5m w=1.5m h=1.5m
P3280138.jpg
↑クリック 縦画像...2枚目の天井が破断(汗

中程から奥~。おそらく流入した土は後世に何度も掻き出されたのだろう
P3280140.jpg

悲壮感すら漂う側壁(^^;
P3280145.jpg
↑クリック 逆サイド...これまた後世、隙間に礫石を詰め込まれた感が否めない

奥壁は1枚...いや、“枚”というには語弊があるか(^ ^ゞ
P3280152.jpg
↑クリック with周辺...中央の模様は人為的なものか?たとえそうでもやはり後世でしょうけど。

内部から玄門...無袖式と思われますがやや細くなってます
P3280160.jpg
↑クリック 縦画像...with スリリングな天井

奥から~ これで維持してるのは、ある意味スゴイかも(^ ^ゞ
P3280166.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井<後期と遜色ないくらい平坦

墳丘流失ゆえ味が出てる珍しい古墳(^_^)
石積みは粗く穴も開いてるが巨木根の侵入は許してない。

■Point_Link by GoogleMap
[摩利支天古墳]の続きを読む
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  1. 2008/03/28(金) 12:00:00|
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福田石屋谷古墳群=前編

プチ報告が続きましたのでド~ンといきます(^o^)/
やはり福田で下浦田古墳群の西側の山、山頂尾根に3基ですが1号墳は発見できず。

福田石屋谷2号墳...西斜面に広がる畑の最奥部、林との境界に位置。墳丘は林側
P3270073ss.jpg

南西(畑側)に開口。滅多にお目にかかれない羨門デス!!!
P3270074.jpg
↑クリック 羨門拡大...手前の石は羨道の残像ではなく、おそらく閉塞石

羨道から内部...羨道長は3.8m w=0.9m h=1.3m
P3270075.jpg
↑クリック 内部から羨道...with 天井。ここまで残ってると嬉しくなる(^o^)

もちろん玄室も完存! d=4m w=1.5m h=1.8m
P3270076.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井。床も真っ平ら!

4段積みの側壁。上に行くほど小さくなるのも安定感&好感度UP
P3270077.jpg
↑クリック 逆サイド...用意した石材を吟味して重ねたのでしょう

奥壁~ ココはちょっとバランス悪いけど(^ ^ゞ
P3270078.jpg
↑クリック 縦画像...天井隅はR

玄門は左片袖式。背の高い袖石だがまぐさ石は乗ってない。
P3270088.jpg
↑クリック 縦画像...with 羨道天井

奥から~ 全長は7.8m 完存ってスバラシイ~♪
P3270090.jpg
↑クリック 縦画像with 天井。幅1.5mでもこんなに立派に見えるとは……完存ってスバラシイ<クドい(笑)



福田石屋谷3号墳...2号墳から尾根伝いに南へ約250m。道はあります。
P3270050ss.jpg
日なたにもかかわらず良く残ってる墳丘=径約15m

南向きに開口。羨道はもう少しあったもよう
P3270051.jpg
↑クリック 羨道痕

羨道から内部~ かなり後期を思わせる玄門 。羨道長は3.5m(天井有=1.5m) w=1.1m h=1.2m
P3270053ss.jpg

堂々の玄室! d=3.8m w=1.5m h=1.8m
P3270055.jpg
↑クリック 縦画像...with 平らな床&天井

奥壁は1.5mX1.8mの1枚!
P3270057.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

当時からこうだったかは不明ですが丸いワンポイント(?)はシミではなく、一層剥がれて色が違う
P3270059ss.jpg

左片袖式の袖石。2号墳と同じ仕様。
P3270066.jpg
↑クリック 玄門全体縦画像...まとまりがいい

これまた2号墳同様、几帳面な側壁
P3270069.jpg
↑クリック 逆サイド

奥から~ 端整ナリ!
P3270070.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井。スバラシイ@3度目(^_^)

1号墳後編

完存2号墳の場所デス↓
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  1. 2008/03/27(木) 19:48:09|
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浦田古墳群

倉敷市福田に戻りますが、一本南の県道275から倉敷妙照寺に向けて入ります。
登り切って山道と合流した先の雑木林の中、
4基から成るらしいが1基の石室墳と2基の石棺墳らしきのみ確認。

その1...平坦な場所に10m位の墳丘。
P3270108ss.jpg

墳頂、、、大きく破壊されてる石室。
P3270109.jpg
↑クリック 縦画像...全長は5mほどあったようだが

辛うじて残る玄室奥。 w=1.1m h=1.2m
P3270111.jpg
↑クリック 縦画像...天井は2枚を残すのみで1.8mほど

奥から~
P3270114.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井



近くに2つの低い墳丘(?)アリ。中央に箱式石棺らしきがあるが定かではない。
P3270118xx.jpg
画像だと判らない程度(^ ^ゞ

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  1. 2008/03/27(木) 19:13:07|
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中塚古墳群

倉敷市粒江、西明院の墓地の東側、ほとんど民家裏に3基あるそうだが2基しか確認できず。

中塚1号墳...小さな雑木林の端にありますが墳丘流失で天井石露出
P3270124ss.jpg

東向きに開口。全長は4m以上あったようですが、、、
P3270125.jpg
↑クリック 縦画像...天井は2m弱しか残ってない。手前の天井(?)は陥没

石室内部...埋もれ気味だが、どうにか奥壁は見えます
P3270131.jpg
↑クリック 拡大...側壁も粗い

上から露出天井
P3270133ss.jpg



中塚2号墳(?)...1号墳の40mくらい南
P3270122ss.jpg
1号墳がなければ石室とは気付かないレベル

P3270123.jpg
↑クリック 別角度...天井石だがどのあたりかも不明

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  1. 2008/03/27(木) 17:11:53|
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奥谷古墳

倉敷市福田、高塚古墳よりさらに登るとある水島ゴルフガーデンから尾根沿いに西へ約300m。
ミカン畑を通り抜け鉄塔を目指せば辿り着きます。高圧送電ではなくマイクロ波アンテナ塔の隣に墳丘
P3270019.jpg
↑クリック 別角度...径は約15mと大きめ。状態も◎

南西方向に開口。羨道はもう少しあったもよう
P3270022.jpg
↑クリック 内部から羨道...残存長2.5m w=1.1m h=1.4m

完存の玄室! d=4.8m w=1.6m h=2m 床の石は棺の枕か?
P3270026.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井。優良石室ナリ

奥壁~ 石材は側壁より寧ろ小さい
P3270031.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井。向かって左隅は角がなくR

右片袖な玄門。
P3270041.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井&まぐさ石兼羨道天井

奥から~
P3270034.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井。スバラシ~♪

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  1. 2008/03/27(木) 15:54:41|
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高塚古墳

倉敷市福田、古城池の南側山腹、ゴルフガーデンに向かう途中ヘアピン状な道が囲む尾根西端に位置。
尾根先端にある民家の南西隣、墳丘不明、墓地との間に開口してますが玄室天井
P3270002ss.jpg

遺物ぢゃなく異物だらけの玄室。d=6m(天井があるのは4m) w=1.5m h=1.6m
P3270003.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

目地に粘土を詰めてある側壁。不揃いだが丁寧に積まれてる
P3270008.jpg
↑クリック 逆サイド

奥から~
P3270011.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

内側から玄門...両袖式のようだ
P3270014.jpg
↑クリック 羨道...w=0.7m d=1m。羨道表側は雑草にて断念

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  1. 2008/03/27(木) 15:21:03|
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福田古城池古墳群=前編

倉敷市福田町、古城池の北の山の尾根上東西に伸びる古墳群で10基ほどから成る

福田古城池9号墳...東端、分譲中の墓地裏手(↓中央に墳丘)
P3260338ss.jpg

南向きに小さく開口
P3260339.jpg
↑クリック Zoom

羨道から内部を覗う
P3260341.jpg
↑クリック 内部から羨道...羨道長は1.8mほど

予想外の玄室!...d=4.7m w=1.8m h=1.9m
P3260343.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

側壁もキッチリ積まれてる
P3260345.jpg
↑クリック 逆サイド...こちら面の石材は小ぶり

奥壁あたり~ 下の1枚はスゴイのだが、その上に積まれた石は...
P3260347.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

こぢんまりとした玄門は両袖式。
P3260353ss.jpg

奥から~ 天井に小さな穴はありますが状態はいい!
P3260351.jpg
↑クリック 縦画像...湾曲して玄門、この辺りでは珍しい



福田古城池10号墳...9号墳の北約200mの尾根上。石室露出
P3260360.jpg
↑クリック 縦画像...全長は5mほどあったようです

奥壁と天井1枚はそのまま遺存
P3260355ss.jpg

奥壁...ほどんど埋もれてますが(^ ^ゞ
P3260357ss.jpg



福田古城池7号墳...9号墳の北西約100m。破壊著しい
P3260329s.jpg

羨道先に転がってる玄室の天井と思しき石材
P3260330s.jpg

最奥天井のみ残存。石室内寸 w=1.3m h=1.4m
P3260331ss.jpg

奥壁あたり
P3260332ss.jpg

後日:5号墳を追加しました福田古城池古墳群=後編

9号墳の場所です↓
■Point_Link by GoogleMap
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  1. 2008/03/26(水) 21:21:38|
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下浦田古墳群

倉敷市福田町浦田、古城池の北に広がる山の北側(Map参照)で2基から成る

下浦田1号墳...ミカン畑の北側、頂上北端に12m位の墳丘
P3260367ss.jpg

南西に開口。見えてきた姿はステキ♪
P3260368ss.jpg

開口部。
P3260369ss.jpg

石室内部を覗うと....あれ?
P3260370ss.jpg

墳頂に登ってみると...玄室中央の天井がありませんorz
P3260376ss.jpg

奥壁みたいだが、最奥の天井。起こされたかもしれないが!
P3260371ss.jpg

その下に埋もれている奥壁。一枚石っぽい!
P3260374ss.jpg

奥から玄門...右片袖式。石室は d=約5m w=1.3m h=1.1
P3260372ss.jpg



下浦田2号墳...1号墳の南南東、“西の谷池”の東側
P3260361.jpg
↑クリック 全景...竹藪との堺に位置し、南西に開口

側壁は4m以上残るが……天井は2枚で d=1.8m w=1.4m h=1.5m
P3260362ss.jpg

奥壁あたり~
P3260363.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

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  1. 2008/03/26(水) 19:59:31|
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二塚山四ツ塚古墳群

二塚山古墳前方部の南に位置。その名の通り4基から成ります

前方部の南と云われても、そもそも二塚山古墳がどこで終わってるのかわからないし(汗
適当な場所から藪に入るも酷い状態で何度も立ち往生。向かいの槌ヶ谷の比ぢゃない

二塚山四ツ塚4号墳...南に開口。全景なんて撮れる状態ぢゃなく
P3250134ss.jpg

石室内部...d=5m(天井3m) w=1.2m h=0.7m 埋もれて狭い
P3250137ss.jpg

途中まで入って断念。どうにか奥壁
P3250141.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井



二塚山四ツ塚3号墳...4号墳の南南東約30m。やはり南に開口
P3250151.jpg
↑クリック 縦画像...ほんの少し開けた場所

羨道(2m)の天井は消失。玄室はそこそこ d=3.5m w=1.1m h=1.1m
P3250155.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

きっちり積まれた側壁&天井。二塚山古墳よりのちの築造か?
P3250162.jpg
↑クリック 逆サイド

奥壁あたり...ほとんど拘りはない
P3250164ss.jpg

奥から、、、最初は1段低いので玄門かと。よって無袖式
P3250165.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井



二塚山四ツ塚2号墳...3号墳の東に隣接。破壊著しい
P3250169.jpg
↑クリック 縦画像全長は8m以上あるのだが

w=0.9m h=0.9m とかなり細長い
P3250173.jpg
↑クリック 縦画像

潜り込んでも奥壁埋もれてるし窮屈
P3250174.jpg
↑クリック 奥から天井

1号墳は見つからず...場所はわかるのですが倒木が山のようになってて埋もれてますorz

Mapの場所は3号墳↓。小さな池というか沼のほとりです
■Point_Link by GoogleMap
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  1. 2008/03/25(火) 23:00:00|
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上笠加古墳群=前編

瀬戸内市邑久町上笠加、既出の北池古墳群から500mくらい北東で甲山の南斜面。
といっても東西1km以上にわたる広範囲なのに分布図はゲット出来ず。
P3250200ss.jpg
↑写ってる山全部該当区域。右端の白いのが最後に出てくるぶどう園。
支群の小字はわかれど、山の小字なんて現地で尋ねても答えは返ってこず終い(汗
仕方なく中央付近の道を西側尾根(↑画像左端)に向けて登る

その1...登り始めた左側の竹林に1基。埋没しちゃってます
P3250179ss.jpg



その2...上笠加17号墳/上笠加古墳B
P3250181.jpg
↑クリック 拡大...石積みの祭神



その3...上笠加16号墳/上笠加古墳A...17号墳の北側
P3250182ss.jpg
どうやらこの尾根は小字“仏カ山”という前期支群のようなので進路を東へ



その4(上笠加14号墳?)登り始めた地点より道に頼らず林の中を北上50m地点
P3250193ss.jpg

南に開口
P3250183.jpg
↑クリック 縦画像...天井を残すは半分くらい

石室内部...天井残存は2.5mほど w=1.5m h=1.6m (側壁残像は3mほどアリ)
P3250185.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

奥壁あたり...古いタイプのようだ
P3250187.jpg↑クリック 縦画像...with 天井・側壁

奥から~
P3250190.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井



その5...14号よりさらに約50m北東
P3250194ss.jpg
天井消失で壊滅状態。この支群は中~後期のようなので東に進路変更



その6...東端の斜面はぶどう園が広がってる~その中に(おそらく6号墳)
P3250197ss.jpg
ブドウ畑ならまだしも“ぶどう園”である。完全に塀が囲ってる有料地帯。
オマケにシーズンオフだが遙か彼方で手入れされてる人影
さすがにコレは入れません(T_T)お目当ての大型終末期墳っぽいのだが

望遠で我慢(^ ^ゞ...いつかブドウ狩りにでも来るか。。。
P3250198.jpg

後編につづく→上笠加古墳群=後編

14号墳の位置です↓。ぶどう園は現地に行けば案内札が導いてくれます
■Point_Link by GoogleMap
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  1. 2008/03/25(火) 21:00:00|
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正伝名池上古墳

瀬戸内市長船町磯上、長船から県道381を北上、県道425に折れる直前の細い道を東に入り
池の奥の鋭角カーブのところに駐車スペースあり(1台オンリーですが僻地なので…)
池の北岸を道なりに東へ150mくらい~平地に15mくらいの墳丘あります<道中笹多し(^ ^ゞ
P3250200.jpg
↑クリック 別角度...側面から

ほぼ西向きに開口
P3250202.jpg
↑クリック Zoom...羨道側壁は続く

羨道から内部...ん?この玄門は吉備の國ではちょっと珍しいかも
P3250204.jpg
↑クリック 縦画像...天井真っ赤デス!側壁にも朱の残存

まぐさ石に何か描かれてるような、ないような・・・。羨道長=4.3m(天井有2.8m) w=1.5m h=1.3m
P3250205.jpg
↑クリック Zoom...ヒトに見えないこともない。真ん中だし

両袖式玄門、内部から~ やはりちょっと変則気味<表側ほどぢゃないけど
P3250206.jpg
↑クリック 縦画像
羨道側が変わって見えるのは羨道と玄室の幅が同じだから

奥壁上部欠損の玄室 d=4.2m w=1.5m h=1.9m
P3250208.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井。玄室にも朱がチラホラ

奥壁側、外から...こちらから入る方が楽
P3250210.jpg
↑クリック 墳丘後方部...天井もやや露出

残存奥壁...割られたのではなく上に積まれていたようです。羨道に転がってる石かも
P3250211.jpg
↑クリック 下部表面...削り残しか?側壁にも削ってる石材あり

奥側から~ 側壁、大きめの石材は不揃いだが均一に持ち送られてる
P3250215.jpg
↑クリック 縦画像
...with 天井

かなり後期にも思えますが、定かでもなし。
他所の國から技術陣が立ち寄ったのか、戻ってきた使者の見よう見真似か?

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  1. 2008/03/25(火) 20:00:00|
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行願院裏山古墳

倉敷市西岡、三因峠古墳群の南方2kmほどで倉敷市最大の前方後円墳とされる。
P3240103.jpg
↑クリック 別角度

解説付き石碑
P3240106.jpg
↑クリック 別角度

読み辛いので転記:行願院裏山古墳/西岡3号墳
墳長は約80m、後円部は直径57m 高さ約10m 前方部は25~30m四方と推定される
倉敷市内最大の前方後円墳


その名の通り、行願院の裏山となってる(裏山にあるのではない)
P3240111ss.jpg

後円部はそこそこきれいに残ってますが前方部と分断されて円墳状態
P3240116ss.jpg
撮影場所は前方部と後円部の間

前方部は墓地、四角く削られ、もはや後円部との軸も狂ってる(↓後円部より撮影)
P3240115ss.jpg

後円部墳頂
P3240107.jpg
↑クリック 別角度

資料によっては埋葬施設が横穴式石室だったとの記述も見られるのだが、開口部らしき痕跡もない
墳頂平坦部。石台の中を覗いても何も見えず
P3240108.jpg
↑クリック 別角度




追記:2009.Aug
北西150mの高台にある西岡4号墳...南から
P8118283.jpg

西から~ 径12m、高1m
P8118282.jpg

■Point_Link by GoogleMap
[行願院裏山古墳]の続きを読む
  1. 2008/03/24(月) 16:36:39|
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長坂古墳群=前編

岡山市下足守。高松稲荷~龍王山の西、既出の横尾大塚古墳の尾根伝いに4~9号墳は位置。
1~3号墳は採土場で消滅してるのですが7号墳を中心とする支群はかけ離れたところにアリ。

長坂7号墳...竹林の中に大型墳丘 20m*4m 大きすぎて逆に判りづらい
P3220005.jpg
↑クリック 逆サイド...やや接近

南向きに開口
P3220006.jpg
↑クリック 横から...羨道痕が見られるが……
羨道は5m程なお残っております。w=約1m h=1.5m
P3220007.jpg
↑クリック 開口部...上から

内部から羨道&ちょっと変わった右片袖部
P3220008.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

石棺片を残す玄室! d=5.7m w=1.3m h=1.9m 規模のわりに幅は控え目だが豪華仕様
P1190089.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井。

側壁...大きめで割石もアリ
P1190094.jpg
↑クリック 逆サイド

奥壁周辺。奥に行くほど石材は大きくなる...持ち送りは無し
P1190108.jpg
↑クリック 縦画像...かなり後期と思われます

組立式石棺の破片。材質は石室の石と変わらないようです
P3220018.jpg
↑クリック 石棺底?(蓋?)...本来この位置か?そいえば箭田大塚古墳と同じような場所

奥から~ 玄室と羨道の天井差は殆ど無い。腰石仕様3段基調の側壁も見事!
P1190112.jpg.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井。石棺しかるべき&ほぼ完存な11m石室(^_^)



長坂6号墳...7号墳から西へ30mくらいで南に開口
P3220084ss.jpg

羨道崩壊で天井の一部らしきが玄室に落下
P3220085ss.jpg

残存玄室 d=5.5m w=1.3m h=1.4 ですが天井を残すは3m程度
P3220087.jpg
↑クリック 縦画像...奥壁 with 天井。しっかりした石積み

奥から~ 
P3220089.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井



長坂8号墳...7号墳の東30mくらい。羨門部崩壊
P3220067.jpg

実質開口部。やはり南向き
P3220080.jpg

約6mと長いが均一に埋まってしまってる石室。w=0.8m
P3220070.jpg

もちろん入れますけど、ずっとこの高さ(約0.6m)ぢゃ苦しいのでPass。方向転換できないかもだし(^^;
P3220077ss.jpg

奥壁~ 7~6号墳に比べて古そうです
P3220078ss.jpg

後編へつづく(4~5号墳)

↓ポイントは7号墳
■Point_Link by GoogleMap
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  1. 2008/03/22(土) 19:30:54|
  2. 岡山市内
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勝負ヶ谷古墳

倉敷市山地、移築後の二子14号墳から700mくらい高速道沿いに北。
福祉施設「あしたば荘」の南西側丘陵に位置。墳丘は削平され色々祀られてます(画像左上に高速道)
P3180410.jpg
↑クリック 横から墳丘...墳頂真っ平ら

南西向きに開口
P3180380.jpg
↑クリック 別角度...この地で、この面構えってことは……

やはり!!! 限りなく終末期な石室 ずど~んと真四角 d=5.5m w=1.5m h=1.4m
P3180402.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

巨石+間座の側壁たち
P3180398.jpg
↑クリック 逆サイド

奥壁あたり~ もちろん奥壁も同じ構成
P3180390.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

奥から~ 玄門あたりに謎の立石
P3180399.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

場所・大きさ・埋もれ具合からして、当初からココに設置されてるようですが……?
P3180406.jpg
↑クリック 内側から...天井を乗せる前じゃないと入りそうにない。いったい何なんでしょう???

■Point_Link by GoogleMap
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  1. 2008/03/18(火) 18:12:09|
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尼塚古墳

岡山市内ですが玉野市側の半島、宮浦マリーナの200m位西に位置します。
尾根上とのことだが現地に着くと採土により山が殆ど残ってません。
そんな中、古墳のラインだけは何とか残存、登りさえすれば辿り着けると思われます

尾根というより頂上になってしまってる地に10m*3mの墳丘
P3170148.jpg
↑クリック Zoom

西向きに開口...石室は墳丘中心よりやや北にズレてるようだ
P3170150.jpg
↑クリック 別角度

羨道d=2.7m w=1.6m から内部。 入りやすいように(?)羨道部は掘り下げられてる
P3170152.jpg
↑クリック やや内部から

均一に埋もれてる玄室 d=5m w=1.8m h=1.4m
P3170154.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

奥壁あたり~ 2段なのか3段なのか?側壁と大差ない石材。隅に小さな穴アリ
P3170167.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

玄門部...左片袖だが羨道は袖石に沿ってない。羨道幅1.6mに対して玄門幅は1m
P3170166.jpg
↑クリック 側壁...1段分は埋もれてしまってる

奥から~ 全長は7.7m。側壁上段でも整然!埋もれてる下段はさぞかし……
P3170164.jpg
↑クリック 縦画像...天井も平坦に揃ってる

当時は倉敷南部から回り込んだ半島、もしくは島で僻地だったハズなのですが立派な石室(^_^)
埋もれてなければなぁ…………

■Point_Link by GoogleMap
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  1. 2008/03/17(月) 23:00:00|
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