古墳奮闘

   古墳絵日記……GoogleMapにピンリンク~続きを読むでプチ感想・情報

龍王池東古墳群(仮)

岡山市高松稲荷、奥の院のある龍王山頂上より南西に延びる尾根の先端。
名称未設定古墳が3基密集してるので勝手にまとめて古墳群を命名。
去年末、一度南側から試みたが谷に阻まれ断念、今回は逆からアクセス。
北側から小さな池経由で等高線上を西に回り込むあたりに位置します

その1...10mほどの墳丘もしっかり残る。周渠も鮮明
P4300596.jpg
↑クリック 逆側から

羨道は消失で大きく南に開口
P4300569.jpg
↑クリック 正面から...墳丘のわりに石室は大きい

羨道から内部。無袖式で持ち送りナシ...かなり後期仕様で終末期風
P4300573.jpg
↑クリック 縦画像

石室全長4.6m(玄室3.3m) w=1.5m h=1.8m でも名無し(^ ^ゞ
P4300576.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

異様に長い石材を含む側壁。玄室と羨道の区別も明確
P4300578.jpg
↑クリック 逆サイド

奥壁は見事に四角い1枚 1.5*1.8m でも名無し<クドい(^ ^ゞ
P4300581.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井。奥壁も天井も加工面

奥から~ 玄門は一段低い
P4300585.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井



その2...より20m西、やや下に8mの墳丘←から見えます
P4300598.jpg
↑クリック 後方から...ココより下は急斜面

やはり南に開口。羨道の天井は消失
P4300599.jpg
↑クリック 縦画像...羨道痕は2mほど

同様、無袖式の石室 d=2.3m w=1.1m h=1.3m
P4300604.jpg
↑クリック 縦画像

側壁...やはり丹塗りか。石材不揃いだがこれもかなり後期な香り
P4300610.jpg
↑クリック 逆サイド

奥壁~ 上段が斜めなのは長すぎて横に収まらなかったから(笑)
P4300612.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

奥から~ 玄門は明確に1段下がる。先に転がるは羨道天井のようです
P4300615.jpg
↑クリック 縦画像...美しい玄門まぐさ



その3...の上30m程ですが、これはちょっと探さないと見つかりません
墳丘も残ってないし藪の中だし開口方向もやや東寄りで予想を裏切る
P4300624.jpg
↑クリック 露出天井...隙間はない

石室内部...d=2.5m(+羨道痕1m以上) w=1.1m h=0.9m
P4300629.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井。これはちょっと古そう

側壁...なにも塗り込まれてない
P4300652.jpg
↑クリック 逆サイド

均等2段の奥壁
P4300635ss.jpg

奥から~ 無袖式だろうが玄門天井は気持ち下がってるかって程度
P4300641.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

この場所に関しては周りに適した石材がゴロゴロ、
平たく割れてる天井向け石材もいっぱいあるので、
逆にどうしてもっと大きいのを使わなかったんだろうかと思えるほど。
なら10日もあれば出来そうな(笑)

Map_Point↓はその1ですが、続きを読むに分布図
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  1. 2008/04/30(水) 23:55:25|
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稲荷霊園古墳群=前篇

岡山市高松、最上稲荷の西の霊園内、先の慕田谷奥古墳群のすぐ手前(東)です<徒歩3分ほど
その名の通り墓地の中に点在、7基からなるそうですが確認できたのは5基。
7基と示すその資料では全基【古墳/円墳(小型)、横穴式石室、石室大きく破壊。<立地>山腹。】の羅列
ですから探訪候補に挙がったこともなく…期待もせず慕田谷奥古墳群のついでに寄ってみただけ。。。

ところがどっこい(笑) どれが小型だ? どこが破壊だ? それどころか……

その1...頼りの資料がそんなですから採寸したところで何号墳かまったく不明。
P4280360ss.jpg
墓地内に墳丘も残されており、開口部は下の段の墓地

棚田でよくみる感じで開口。南南西向き
P4280361.jpg
↑クリック 開口部正面...羨道の天井は消失だが側壁は残る

内部から羨道、長さ3.5m w=1.3m h=1.5m
P4280362.jpg
↑クリック 羨道先端...これは霊園造成時の石垣

玄室!!! d=4.8m w=1.7m h=2.2m ← 一昨日の大塚古墳群と大差ない
P4280363.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井。これが小型?(^^; 破壊?(^^;

側壁...はやり目地には塗り込まれてる
P4280364.jpg
↑クリック 逆サイド

奥壁あたり~ 天井が高いので巨大鏡石でも足らなかったもよう。側壁も大きい
P4280365.jpg
↑クリック 全面奥壁縦画像

左片袖式の玄門、袖石も一本で立派なり
P4280366.jpg
↑クリック 縦画像...まぐさ石も立派なもの

奥から~ 言葉もない(^ ^ゞ
P4280367.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井。色んな意味で...ため息(^^;



その2...1と同じ段、40mほど南東で上段に墳丘
P4280380.jpg
↑クリック 縦画像...春蝉が鳴いてた“森”

開口部は同様の構えだが羨道は消失。まぐさ石も無い
P4280382.jpg
↑クリック 縦画像...with 墳丘。袖石は石垣の一部と化す

玄室~ d=4.5m w=1.7m h=2.1m (石室全長は5m)
P4280385.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

側壁...丹塗りの形跡はなくその1よりは石材も古そうです
P4280386.jpg
↑クリック 逆サイド

奥壁...これもやや古いパタンです
P4280388.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

奥から~ 後世の石垣ではなく元来の両袖式デス。正面に太陽があるので辛い(^ ^ゞ
P4280393.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井



その3...一段上と二段上の間で棚田状ではなく、五基中これのみ東よりに開口
P4280399.jpg
↑クリック 縦画像...羨道跡が2mほど

石室内部 d=5m W=1.2m h=1.6m 片側がかなり押されて傾いてる
P4280401.jpg
↑クリック 縦画像...これとて小型とは言い難い(^^;

中程、ヤバそうな側壁。逆側は整然
P4280403ss.jpg

奥壁あたり~ いちばん古そう
P4280405.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

奥から~ 
P4280406.jpg
↑クリック 縦画像...with 綺麗に揃った天井

後編に……つづく

Map_Point↓はその1、中央の“森”がその2
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  1. 2008/04/28(月) 23:59:59|
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稲荷霊園古墳群=後篇

ひきつづき稲荷霊園古墳群

その4...の西隣で車道脇に位置
P4280409.jpg
↑クリック 逆側から墳丘...墓地造成の影響を受けてない

南南西に開口
P4280410.jpg
↑クリック 墳頂...別に何もないけど

w=1.3m h=1.6m 長さ3mの羨道から奥……ん?? ?? 
P4280411.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

左片袖の玄門~羨道 この部分のみ床が掘り下げられてる
P4280412.jpg
↑クリック 縦画像...袖石、まぐさ石 ともに立派

そ・し・て・・・d=4m w=1.7m h=1.8mの玄室。なんか妙な……
P4280414.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井。掘り下げられてる玄門付近はh=2m

なんですか?これはっ!
P4280421ss.jpg

石棚ならぬ土台(つちだい)? しかも左右の仕様が違う!d=1m w=1.8m h=0.75m
P4280422.jpg
↑クリック 側壁接触部...埋まっててよく判りません

奥壁~ 下部は不明
P4280423.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井。なんか異様

側壁...石材は不揃い。目地は塞がれてます
P4280424.jpg
↑クリック 逆サイド

奥から~ @台の上
P4280434.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井。フツーに立派な石室デス



その5...いちばん下の段で古い墓石が並ぶ奥に妖しい一画が
P4290512.jpg
↑クリック 正面から...石室っぽいが……

石で閉鎖されてますが空間はありそうな気配
P4290516.jpg
↑クリック ・・・・誘惑に負けて開けてしまった(^^;

・・・・・・・・・・・・・・・・・・絶句
P4290547.jpg
↑クリック 縦画像...6m以上ありそうな玄室。幅1.8m以上、高さ2m以上っぽい
トタンの波板らしきがあるから以前は開いていたもよう。作りも状態も非常に良い

そ・し・て・・・・やはり奥には“台”らしきものが!手前の石板は倒れてる?
P4290548.jpg
↑クリック 縦画像...謎だらけでモヤモヤ(^^;

何か埋まってるようにも思えるし、後世のモノって疑念もあり
なんなんでしょうねぇ……いったい

Map_Point↓はその1、続きを読むに分布図
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  1. 2008/04/28(月) 23:55:55|
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慕田谷奥古墳群

岡山市和井元、最上稲荷の霊園の北端に位置。
4基からなるがすべて墓地脇で山を登ることもなく...際まで車で行けないことはない

慕田谷奥3号墳...群中最大、墓地から見えます
P4280355.jpg
↑クリック 別方向から...見えづらいが、画像中央

南向きに大きく開口、右片袖式だが羨道消失
P4280348.jpg
↑クリック 斜めから...開口部の巨大天井は露出

玄室 d=5m w=1.7m h=1.3m 羨道跡は2mほど認められる
P4280329.jpg
↑クリック 縦画像...with 長~い天井

袖石と側壁
P4280331.jpg
↑クリック 逆サイド

中程から奥、、、おそらく床は50cm以上は埋もれてる
P4280333.jpg
↑クリック 縦画像...平たい天井は3枚のみで5mをカバー

奥壁...ほとんど埋もれてるが、側壁と共にやはり丹塗りがみられる
P4280335.jpg
↑クリック 縦画像...with 最奥天井

奥から~
P4280338.jpg
↑クリック 縦画像...with 3枚の天井!



慕田谷奥2号墳...3号墳の西20mくらい。1号墳と隣接で南に開口
P4280297.jpg
↑クリック 別角度...with 左に1号墳が見える

正面から、、、やはり羨道消失
P4280301.jpg
↑クリック 縦画像...盛土もほとんど流失

大きな石材でシンプルに組まれた玄室 d=4m w=1.4m h=1.7m
P4280302.jpg
↑クリック 縦画像...天井は2枚(3mと1m)

側壁も巨大、、、2.2mで高さ1.6m
P4280306.jpg
↑クリック 逆サイド

1枚の奥壁が小さく見えます。1.4*1.7mあるのですが
P4280304.jpg
↑クリック 縦画像...with 巨石天井

奥から~
P4280308.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井



慕田谷奥1号墳...2号墳の西隣、後ろに2号墳-------↓
P4280313.jpg
↑クリック 正面から...崩壊状態(汗

最奥天井はあり、かすかな隙間
P4280314ss.jpg

奥壁~ 玄室内寸は w=1.3m h=1.3m d=5mほどか
P4280317.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

奥から~ なにがなんだか……
P4280321s.jpg



慕田谷奥4号墳...さらに西約40mで雑木林の中
P4280351.jpg
↑クリック 拡大...埋もれてます

裏側...微かに“溝”
P4280354ss.jpg

↓3号墳の位置ですが、続きに分布図掲載
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  1. 2008/04/28(月) 20:43:28|
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大塚古墳群=前篇

瀬戸内市長船町、牛文茶臼山古墳から県道381を北へ600mほどで東へ。
集落を越えた池のほとりに2台くらいの駐車スペースあり。
小さな墳墓も含めると40基ほどあるのですが石室墳は1号墳から16号墳くらいまでみたい。
17号墳以降のおかげで古墳群の範囲はほぼ山全域で途方に暮れて今まで避けてました(笑)

※数が多いので3編に分割。各古墳の位置は分布図参照で割愛m(__)m

大塚8号墳...14m*4mくらいの墳丘、良好
P4260030ss.jpg

道とは反対の南西に開口
P4260031ss.jpg

羨道から内部
P4260033.jpg
↑クリック 縦画像...with 羨道天井

内部から羨道&ハッキリしない右片袖<側壁袖と天井が一致しないし、上に行くほど袖は消えてる
P4260034.jpg
↑クリック 羨道...袖部基準だと長さ2.3m w=1m h=1m(入り口付近)

玄室 d=3m w=1.5m h=1.7m
P4260037.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

床には組合石棺、複数あったもよう
P4260040.jpg
↑クリック 縦画像...バラス石が見受けられるが、敷かれてたか?

奥壁あたり~ 数は多いが細やかな仕事してます
P4260041.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井。持ち送り傾斜をズラして創るとは!

奥から~ この角度だと無袖に見える不思議
P4260044.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井。これだと右片袖。



大塚6号墳...墳丘流失、天井露出、かなり崩壊(^ ^ゞ
P4260054.jpg
↑クリック 天井石画像

玄門部らしき箇所
P4260056.jpg
↑クリック 拡大...片袖式っぽい

奥壁あたり~ かすかに見えるのみ。
P4260059.jpg
↑クリック 拡大

奥から~ 玄室幅1.3m d=3mくらい 羨道跡も2mほど
P4260061ss.jpg



大塚5号墳...同様に崩壊、天井石も外され散在
P4260064.jpg
↑クリック 別角度

最奥は天井あり
P4260067.jpg
↑クリック 縦画像...玄室幅は1m h=0.7m 全長は4mほど

奥壁~
P4260068.jpg
↑クリック 奥から...と云っても上からデス



このラインにはあと3基あることになってるのですが、疑わしきは数あれどハッキリしない。参考まで
4号墳?...埋没にて詳細不明
4P4260071ss.jpg

3号墳?...横から
5P4260080.jpg
↑クリック 上から

開口部?...埋められてますが
5P4260081.jpg
↑クリック 縦画像

2号墳?...やはり崩壊、埋没にて不明
P4260076.jpg
↑クリック 別角度

P4260078.jpg
↑クリック 縦画像...疑わしい域を出ない(^^;



1号墳...道の上側でこれは確実。墳丘もしっかり残るが
P4260085.jpg
↑クリック 墳頂...石材抜かれてます。

奥あたりは微かに残る w=0.7m 全長4.5mほど
P4260086ss.jpg

奥壁~
P4260088ss.jpg

中編に・・・つづく

Map_Point↓は8号墳
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  1. 2008/04/26(土) 23:42:57|
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大塚古墳群=中編

ひきつづき大塚古墳群

大塚9号墳...墳丘は道から見えます。見学者が多いのか墳上にも通路
P4260094ss.jpg

裏側、南西に開口 
P4260095.jpg
↑クリック 縦画像

覗き込むと~
P4260098.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

石室寸 d=6.3m(+羨道跡らしきは2.5m) w=1.5m h=1.8m
P4260100.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

整然と積まれてる側壁
P4260102.jpg
↑クリック 逆サイド...コチラは違うパタン

石棺片が埋まる床
P4260104ss.jpg

奥壁は1枚だが天井高よりも長く突き抜けてる&奥周辺の側壁石材は大きい
P4260106.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

奥から~ 
P4260113.jpg
↑クリック 縦画像...with 巨石天井



大塚11号墳...道からやや奥まったところに20m*6mの墳丘
P4260136ss.jpg

同様に南西向きの開口部
P4260137.jpg
↑クリック 縦画像

羨道から内部 羨道長3.4m(+残跡2m) w=1.4m h=1.2m
P4260141.jpg
↑クリック 縦画像

広大な玄室 d=5.5m w=1.6m h=2.2m
P4260146.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

2.2mあっても3段基調な側壁
P4260149.jpg
↑クリック 逆サイド

玄室が並みサイズなら1枚で済んだはずの奥壁
P4260151.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

右片袖な玄門、袖石はまぐさ石のやや手前
P4260153.jpg
↑クリック 縦画像...with 巨大まぐさ石

奥から~ 
P4260155.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井。圧巻の群中最大石室



大塚10号墳...11号墳の後方に隣接12m*3m、南西に開口
P4260117.jpg
↑クリック 縦画像

羨道から内部 羨道長2m(+残跡2m) w=1m h=0.9m
P4260118.jpg
↑クリック 縦画像...掘り下げられてるおかげで楽に入れます

玄室内部は埋もれたままで1.7m以上ある高さも1.3mほどしか残されてなく窮屈。d=3m w=1.7m
P4260120.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

石材も揃った側壁
P4260125.jpg
↑クリック 床画像...with 奥壁

奥から~ やはり同様に右片袖式。天井段差は僅か
P4260130.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

後編に……つづく

Map_Point↓は8号墳
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  1. 2008/04/26(土) 22:46:30|
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大塚古墳群=後編

ひきつづき大塚古墳群。

大塚12号墳...11の裏、10とは逆方向やや奥 15m*3m
P4260169.jpg
↑クリック 縦画像...南南西に大きく開口

羨道から内部~
P4260170.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

内部から玄門&羨道、、、右片袖式 羨道長3m(+羨道跡1.5m) w=1.3m h=1.6m
P4260171.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

長大な玄室 d=5m w=1.8m h=2.2m 胴張りで最奥は1.3mと狭くなるが11号墳並みの大きさ
P4260172.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

4段基調の側壁...隙間ナシ!
P4260180.jpg
↑クリック 逆サイド

奥壁あたり~ 巨大な2段!
P4260178.jpg
↑クリック 縦画像...with 巨石天井

奥から~ 両袖式に見えるが左側は右袖部より手前、土圧で膨らんでると思われる
P4260191.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井



大塚13号墳...麓から一転、かなり高いところにあります(^ ^ゞ 9m*2.3m
P4260200.jpg
↑クリック 正面...南東向きに開口。人里離れてるので放置っぽい

羨道(長さ=4m+残跡2m)も1/4埋もれたまま。
P4260204.jpg
↑クリック 内部から羨道...突起が気になります

玄室は荒れ気味...d=5m w=1.6m h=1.3m(現状)
P4260209.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

横長の石材が多い側壁
P4260211.jpg
↑クリック 逆サイド

右片袖部と大きな石棺片
P4260212ss.jpg

奥壁~
P4260213ss.jpg

玄門あたり~
P4260218.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

奥から~ 埋もれてなければかなり広いと思われる
P4260214.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井。いろいろ垂れ下がっていて撮りづらい



大塚14号墳...13の隣というか墳丘は交わって双室かと思わせるほど。11m*2m
実際は個別で瓢箪状になってるような<雑木におおわれ定かではない。
妙な形状をしてるためか13も含めて中途半端な盗掘穴だらけ。
おまけに開口部は大草に覆われ……実は資料ではココ、『埋葬施設不明』になってます(^ ^ゞ
開口部上から~ 画像右上に向けて開口 北東向きなので13とは90度V 、双方の奥壁はおそらく近い。
P4260223ss.jpg
こんなですから羨道の中からしか撮れません

羨道から奥...手前が埋もれたまま 羨道長2.5m w=0.9m h=0.9m
P4260227.jpg
↑クリック もう少し内部から...with 天井

意表をついて広い玄室内部 d=3.5m w=1.2m h=1.4m
P4260232.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井&床

中程から奥&奥壁
P4260234.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井。床には大きな石棺片

この群内では少数派の左片袖式
P4260244.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

奥から (最奥は狭いので若干手前(^^;)
P4260236.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井
こんな大きな石室を見逃してはダメでしょう>調査のひと<墳径まで測っておきながら



大塚7号墳...出発点の池から南へ。道もありますしく8号より近い
墳丘は15m*5mで墓地の片隅に大きく開口...すっかり日も暮れてるので中まで写る(^^;
P4260247.jpg
↑クリック 縦画像...箱の中身は墓用の水

逆斜面なので北北西向きの開口部から中~
P4260248.jpg
↑クリック 縦画像

こちらも少数派の左片袖 羨道長3.5m w=1.3m h=1.8m
P4260249.jpg
↑クリック 縦画像...with 羨道天井

玄室 d=4.8m w=1.8m h=2.2m 最大の11号規模デス。
P4260253.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

11号墳同様、高さ2.2mでも3段基調の側壁
P4260255.jpg
↑クリック 逆サイド...大きな石材が並ぶ

奥壁...おそらく群内最大の鏡石
P4260257.jpg
↑クリック 縦画像...with 巨石天井

奥から~ 11号よりも広々~♪
P4260262.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

追記:2009.Jun 号数に変更いたしましたm(__)m

Map_Point↓は8号墳
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  1. 2008/04/26(土) 21:50:54|
  2. 岡山東部
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和井元下古墳群(仮)

岡山市和井元、参道から西方面に数基の名称未設定古墳があるのですが勝手に纏めて古墳群命名。
不思議なことにこのすぐ上に正式な“名称未設定古墳”があります。仮称古墳群って初めてかも?

その1...霊園から南西の尾根先端付近で20mの墳丘。南南東に開口
P4250409.jpg
↑クリック 縦画像...羨道消失で大きな開口部

玄室内部 d=4m w=2.1m h=1.8m と無名にしては大きい
P4250395.jpg
↑クリック 縦画像...with 巨石の架かる天井

側壁...佐太郎塚でも見られた丹塗りが施される。この近辺特有か<大崎でもみられる
P4250400.jpg
↑クリック 逆サイド...かなり後期と思われます

奥壁あたり~ 同様に丹塗り。幅広なため鏡石では足らなかったもよう
P4250397.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

辛うじて1つ残る右袖石
P4250406.jpg
↑クリック 左側羨道跡...2.5m以上あり玄室側壁とツラなので右片袖でしょう

奥から~ 持ち送りはほとんどナシ
P4250402.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井



その2...1の西側の尾根先端。墳丘流失で完全露出状態
P4250415.jpg
↑クリック 全景...全長は5m以上

右片袖式な玄門と思われる場所
P4250417.jpg
↑クリック 拡大...玄室幅は1.3mほど

ほぼ埋没の玄室
P4250418.jpg
↑クリック 奥壁



その3...2から南西に下山、池の北側に位置。古墳部分を残し周りは削平
P4250437.jpg
↑クリック 拡大...かなり雑草の中です(^ ^ゞ

盛土流失で石材露出
P4250430.jpg
↑クリック 全景...と云いたいが、こんな状態m(__)m

奥壁はどうにか確認
P4250434ss.jpg
近くにもう1基あるはずなのですが、、、草茫々で不明(^ ^ゞ




おまけ~……なのにコチラは名前が付いてます!

ハコシ古墳...稲荷山健康センターの東、道沿いに位置。おまけ~の理由はご覧の通り(^^;
P4250439.jpg
↑クリック 逆サイドから...南東向きか

残存天井はおそらくまぐさ石
P4250441ss.jpg

玄室側~
P4250442ss.jpg


Map_Point↓はその1ですが、続きに分布図掲載
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  1. 2008/04/25(金) 23:18:33|
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大谷古墳群

岡山市高松稲荷、先の小盛山古墳の北側で最上稲荷より徒歩可(近場にPナシ)。
もうココを訪れるのは5度目くらいなのですが...5基中4基は去年の暮れに探し当てたが埋没ばかり。
お目当ての3号墳が無いので敢えなく別館のボツ部屋でくすぶってました。
が近ごろ、近辺の地図を眺めてると閃きが
今までは南から尾根に登ってたのですが東側から迂回して尾根に至る道がある!
これを登り尾根伝いに下ったほうが確実そう……でチャレンジ。。。。。正解(^o^)

大谷3号墳...道から50mほど下るとあっけなく15mほどの墳丘&南に開口
P4240298.jpg
↑クリック 墳頂...天井石露出気味だが穴はない

覗き込むと……暗いです!大きいです!(余計なモノもありますが(^ ^ゞ)
P4240299.jpg
↑クリック 縦画像

蝙蝠の巣窟となってる石室(飛んでるし)。全長7.7m(玄室5.5m) w=2m h=2m 
P4240301.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井。左にあるのは年代物の七輪(^^;

3~4段で綺麗に積まれてる側壁
P4240303.jpg
↑クリック 逆サイド...コチラは大きめ

奥壁周辺~ 左上隅だけRがついてるが理解不能(^^;
P4240307.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井。鬱陶しいので蝙蝠追い出した(^ ^ゞ残る2匹は寝てるもよう

両袖式らしいけど曖昧。羨道長2.2m、幅は1.7mとのことですが。
P4240313.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

奥から~ こうしてみると右片袖っぽい
P4240317.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井。。。苦節4ヶ月の甲斐アリか
前半埋もれ気味ですが、それでも広々とした石室



大谷1号墳...尾根南端、やや西よりに位置。墳丘流失&埋没
1PC200015.jpg
↑クリック 内部...辛うじて空間はある



大谷2号墳...1号墳の東。破壊されてます
2PC200019ss.jpg



大谷4号墳...尾根脇を巡る道沿い。無袖式3.5m w=1.1mとのことだが埋もれてます
4PC200022.jpg
↑クリック 別角度



大谷5号墳...同じく道沿い。破壊はされてないようですが
5PC200020.jpg
↑クリック UP...完全埋没orz

もちろん↓3号墳ですが、続きに分布図掲載
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  1. 2008/04/24(木) 22:19:05|
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大平山古墳群=前篇

勝負谷古墳群の東、大平山ほぼ頂上で前記事の密集地帯脇の道をひたすら登れば辿り着きますが
R180吉備津彦神社あたりから北に入れば車でも行けるハズです。
それでも大変なトコにあるので探訪候補から外してたのですが
勝負谷で尋ねたオジサンが『ウチの畑に奥が曲がってる大きいのがあるよ。』と教えてくれました。
登りさえすればすぐわかるというので、降りたばかりの道を再度登る、登る、ひたすら登る、、、と畑
P4220201.jpg
↑クリック 別角度2~5...探すまでもなく一目瞭然。M字に並ぶ

その1(大平山2号墳)...柵が墳丘を分断。開口部は畑の外側
P4220207.jpg
↑クリック 畑側...残されてるのはエライ(^_^)

ここの5基はすべて南向き
P4220222.jpg
↑クリック 縦画像...正面から

羨道から内部...長いっ!<羨道長4.7m w=1.3m h=1.6m
P4220223.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井+床

玄室...短いっ!d=2m w=1.8m h=1.6m 正方形に近い
P4220224.jpg
↑クリック 縦画像...with 巨石天井

奥壁は2段
P4220225.jpg
↑クリック 別角度...with 側壁。玄室はこれだけのスペース

側壁も正面からほぼ写せます ↓左側
P4220226.jpg
↑クリック 右側...持ち送りもないし、画像だと奥壁っぽい

奥から~ 左片袖式だが天井は羨道も同じ高さ。羨門のみ一段低い
P4220227.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

玄室長が羨道長の半分もない。吉備の國では珍しい石室...ほぼ完存
たしかにこれでは“奥が広い”ではなく“奥が曲がってる”と捉えられても頷けます


その2(1号墳)...1の東隣、畑の中ポツンと保存
P4220220.jpg
↑クリック 全景...よその畑ではあり得ない嬉しさ(^_^)

礫石が積まれて入室こそできないが石室もよく残ってる。w=1m d=3.5ほどで奥壁は1枚!
P4220265ss.jpg



その3(3号墳)...さらに東、同様に残る。左端に見えるのは2
P4220268.jpg
↑クリック 別角度

ほぼ同規模の石室。奥壁は3段
P4220270ss.jpg



その4...さらに東でこれのみ埋没
P4220272.jpg
↑クリック 全景



その5(5号墳)...1同様開口部は畑の外側だがやはり石で封鎖されてます
P4220214.jpg
↑クリック 柵が通る墳丘

やや大きめの石室内部。
P4220210ss.jpg

後日残りを探索→大平山古墳群=後編(分布図掲載)

MapPointはその1↓。写真で他の4基も確認できます
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  1. 2008/04/22(火) 23:55:55|
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勝負谷古墳群=後篇

昨日の軌跡を地図上で辿ってると、アヤシイ谷が見えてきたので再チャレンジ。

その4...その1から小川を隔てて東側。15m*3m位の墳丘で西に開口
P4220135.jpg
↑クリック 全景

激狭の開口部
P4220146.jpg
↑クリック 内部...ってか、埋もれてます

墳頂に盗掘穴...ギリギリ入れそうだが出られなくなりそうで、、、独りぢゃ恐い(^^;
P4220145ss.jpg

ストラップ吊し、セルフタイマーで内部撮影。奥壁は2段
P4220142.jpg
↑クリック 3枚合成...状態いいのになぁ…惜しい



その5...4の隣により大きい墳丘だが荒れてる。南西に開口
P4220160.jpg
↑クリック 縦画像...多くの石材は抜かれてるもよう

奥から天井3枚は残存。奥壁は巨大でw=1.6m h=2.1m d=3m
P4220150.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

奥から~ やはり大きくて短いと・・・・
P4220156.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井



その6...さらに東へ。池を過ぎた谷部で墳丘流失
P4220167.jpg
↑クリック 縦画像

残存石室 d=2.4m w=1m h=1.3mほど
P4220170.jpg

奥から~
P4220174.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井



その7...6の15mほど東、天井すべて消失
P4220181.jpg
↑クリック 縦画像

奥から~ w=1.1m で5mほど
P4220184.jpg
↑クリック 縦画像



その8...さらに東で南に開口
P4220185.jpg
↑クリック 開口部より内部...状態はそこそこ

幅が狭いので高く感じます d=3m w=0.8m h=1.4m
P4220190.jpg

奥から~
P4220193.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井



その9...8のやや北に天井1枚のみ残存 w=1mほど
P4220198.jpg
↑クリック 縦画像...長さは6m以上あったもよう

奥壁...埋もれて見えずorz
P4220200ss.jpg

他にも数基確認...butお目当ての2基は見つからず。




追記:2009.Feb
課題だった北部の尾根上。。。遙か上まで登ってはみたけど

その10...西寄りの尾根上
P2181531.jpg
↑クリック 縦画像...墳丘流失

半分くらいになってる石室 d=2.5m w=1.1m h=0.9m(現状)
P2181532z.jpg

側壁~ 尾根上にあるのはやはり古そう
P2181533.jpg
↑クリック 逆サイド像

でも奥壁は立派?
P2181534z.jpg



その11...東よりの丘陵上に石室痕
P2181544z.jpg
まぁ何も見つからないよりはいいか(^^;
でも帰路は下の池に出てしまい、、、面倒なので池の中(水位が下がってるので縁が通れる)を
を突破してたら引きずり込まれそうになりカメラを池ポチャしてもーた(滝汗)

密集地帯↓
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  1. 2008/04/22(火) 22:08:03|
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勝負谷古墳群=前篇

岡山市立田、観音山古墳群の東で中央尾根はそのおり散策するも低い墳墓ばかり。
今回は谷→東側の山に移行...する予定だったのですがあまりに暑い(汗
一旦山道を東に登るもヘトヘト、おまけにヘビこそ見なかったものの、
トカゲや蜂はそこらじゅうで全開……弱気になって民家筋のみ(^^;

その1...水田の際に大きく開口
P4210104.jpg
石室の位置(高さ)からして、これ全部墳丘にも見えるが...いくらなんでも大きすぎ

天井石が手前に崩落、玄室は半分も残ってないもようorz
P4210107.jpg
↑クリック 縦画像

斜めから...こうしてみると山寄せだった前面を削って水田にした気もする
P4210108.jpg
↑クリック 逆サイドから

残存石室は天井2枚、d=3.5m w1.5m h=2m。奥壁は1枚仕様
P4210110.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

側壁は並み仕様
P4210111.jpg
↑クリック 逆サイド

奥から~ 広い+短いでほとんど景色(^ ^ゞ
P4210112.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井



その2...1より100mほど南、鳥居の近くに一部残存
P4210123.jpg
↑クリック 縦画像...箱式石棺……かな?にしては大きめ



その3...南側の民家裏の祀。ほとんど埋没
Q200012.jpg
↑クリック 別角度...with 天井

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  1. 2008/04/21(月) 18:25:58|
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林口古墳

総社市新本庭木、吉備Cゴルフ場(沖田奥6号墳西方約2km)の西側、県道282沿いですが川向こうなので
200mほど北側で徒歩にて山道へ。直前100mは道ナシ(^ ^ゞ
墳丘は約15m*3mとよく残っており北向きに開口...訪問者は久々のようです
P4190041.jpg
↑クリック その後...私が入室したあとの開口部

羨道から覗えど真っ暗
P4190044.jpg
↑クリック 別画像...辛うじて写った玄室

内部から4.3mほどの羨道。石棺片らしきがあり進みづらい
P4190045.jpg
↑クリック 縦画像

かなり埋もれてるが、それでも玄室は広い。d=3.7m w=2m 現状h=1.8m
P4190048.jpg
↑クリック 縦画像

床に2つの“池”...中には石棺片
P4190051.jpg
↑クリック 縦画像...水は澄んでます

石材は不揃いだが丹念に積まれた側壁
P4190052.jpg
↑クリック 逆サイド...こちらはやや大きめが多い

奥壁あたり~ 約3枚+
P4190053.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

左片袖式玄門...といいつつ、まぐさ石は1mほどズレてます(内寸は袖部基準で測定)
P4190055.jpg
↑クリック 全体像...なんか不思議。羨門あたりは右がせり出てる

奥から~ 顕著な持ち送り。約8m先の光は遠い。
P4190057.jpg
↑クリック 縦画像...with いろんな天井

この石室はちょっと変わり種かも?...“池”もステキです(笑)

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  1. 2008/04/19(土) 22:55:11|
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ハザ古墳群=前編

総社市久代ハザ、長砂の石棺のやや西から北西方向一直線に流れるハザ谷川。
この川の上流あたりなのですが、広範囲&分布図ナシ……
石室墳が30基以上から成るので、闇雲に歩けば当たるかと思いきや、なかなかorz
尾根と谷と川が入り乱れてなかなか地形が掴めません。永遠の課題となりそうな予感(^ ^ゞ

その1...ありそうな場所に予想どおりあったが露出
P4190005.jpg
↑クリック 全景...墳丘はまったく無い

石室は天井石1枚を残すのみ
P4190006.jpg
↑クリック 石室内部...d=2m w=1.1m h=1m

奥壁~
P4190009ss.jpg



その2...おそらく郡中最東。果樹園を分断する小川の上流で南に開口
P4190015.jpg
↑クリック 墳頂...削平されてるが露出は開口部のみ

石室内部の状態は◎。d=3.7m w=1.1m h=1.1m
P4190016.jpg
↑クリック 縦画像

中程から奥
P4190019.jpg
↑クリック 縦画像...床に石棺片らしき薄い石材も

奥壁は2段+
P4190021.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

右片袖かもしれないが、土に覆われ不明。何故か手前の石材は色が違う
P4190035.jpg
↑クリック 逆サイド...コチラは何もない

奥から~
P4190033.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井



追記 その3 (ハザ24号墳)...あまり墳丘らしくない
P6030006.jpg
↑クリック 開口部...南向き

玄室はほぼ完存。 d=4.5m(+羨道1.5m) w=1.3m h=1.3m
P6030009.jpg
↑クリック 縦画像...外観のわりには大きい

3段基調の側壁。しっかりとした構成
P6030010.jpg
↑クリック 逆サイド

奥壁は鏡石+α
P6030013.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

右片袖な玄門部。袖石~まぐさも纏まってる
P6030014.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井はでも見られた白い石

奥から~ 床の石は元からか開墾時に礫石を入れられたか定かではない。いくらなんでも多すぎ(^ ^ゞ
P6030015.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

後編(その4)へつづく

Map_Pointはその4↓。
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  1. 2008/04/19(土) 20:22:47|
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妙義山古墳

佐古田堂山古墳と小盛山古墳の西方、この3基を結ぶとほぼ正三角形
径42mの円墳で2~3段構成、高さは約7m。
なぜか佐古田堂山古墳や小盛山古墳に比べてマイナーで、あまり取り沙汰されないのですが
見学するにはイチバンだと思います。特に今は菜の花畑~+桜  ↓佐古田堂山古墳から撮影
M4140218.jpg
↑クリック 南から

2月頃の姿~
M3070446.jpg
↑クリック 別画像...いつもそこそこ整備されてます

墳頂...登頂こそ出来ませんが(^ ^ゞ
M4140219.jpg
↑クリック 別画像...草が綺麗に弧を描く



追記:2010.Jun

墳丘の草が綺麗に刈られてたので~
P5313260z.jpg

墳頂~ 中央に小さな社を設置
P5313261s.jpg

背後から
P5313262z.jpg



追記:2011.Apr
北の龍王山から~
P5313261s.jpg

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  1. 2008/04/14(月) 23:55:55|
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