古墳奮闘

   古墳絵日記……GoogleMapにピンリンク~続きを読むでプチ感想・情報

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浦越古墳群=中編

予報が外れ雨があがったので、ひきつづき~
といっても草木は濡れてるので軽くお散歩程度……のつもりが(^ ^ゞ

その3...山道を200mほど登ると三叉路にこんもりとした茂み
P5290371.jpg
↑クリック 微かに見える開口部...墳丘の規模は不明

茂みに入り込むと しっかり開口
P5290372ss.jpg

羨道から内部...まぐさ石は一段低い
P5290373.jpg
↑クリック 内から羨道...羨道長=3.5m w=1.5m h=1.4m 閉塞石(壁)遺存?

そしてなぜかこんな玄室が潜んでる! d=5.5m w=2.3m h=2.3m でも超マイナー
P5290376.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井。あんぐり~(^^;

この高さでも3段の側壁、巨大な石材が積まれ持ち送りはない
P5290404.jpg
↑クリック 逆サイド...最奥は特に大きい

奥壁は2段だが巨大な鏡石は幅2.3m以上
P5290406.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

玄門は左片袖式で袖石も整った1本&よく乗せたなぁと感心する巨石まぐさ。
P5290408.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井も平坦

奥から~ もう言葉なし(笑)
P5290409s.jpg
↑クリック 縦画像...with 巨石天井

久々に絶句石室。これでいいのか?吉備の國(笑)
同じ久代にある『久代大塚古墳』と同じくらいのようだが、向こうは羨道埋まってるし。
どうして固有名が付いてないの???
古墳群自体も忘れられてるし計測すらされてなかったもよう。(チョーク痕は最近っぽい)

ただ時折床上浸水してたのか、壁面下部が黒ずんでやや狭く写ってしまう(現在は羨道部に排水筒あり)
その後遺症からか、床面に粘土質が薄く堆積してる
あと蝙蝠多すぎ(汗)いくら追い出してもすぐ戻ってきてしまうし。冬場に訪れた方がよろしいかと。

後編へ……つづく

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  1. 2008/05/29(木) 16:48:47|
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浦越古墳群=前篇

総社市久代浦越、長砂の石棺の北側に広がり全22基から成りますが石室墳は7基?
1~7号墳は『横穴式石室』と書かれてるだけで全くの不明古墳群@手元資料。
月崎八幡神社までは車で登れて駐車可。神社側の尾根は墳丘墓だろうとPass<道無いし。

その1...東の畑の一画に明らかな墳丘発見。削平されたのか元から方墳か
P5280328.jpg
↑クリック 全景

南に開口
P5280329.jpg
↑クリック 縦画像

石室内部...そんな気はしていたが終末期風 d=5.5m w=1.4m h=1.4m
P5280334.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

大きな石材が並ぶ側壁
P5280336s.jpg
↑クリック 逆サイド

派手な加工面を持つ奥壁
P5280338.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

左片袖な玄門も終末期風で高い
P5280349.jpg
↑クリック 縦画像...僅かに下がるまぐさ石

奥から~ これでもまったくのノーマーク(^ ^ゞ
P5280343.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井



その2...その1の上、溜池北側の林の中ですが崩壊&埋没
P5280361ss.jpg

雑木で見づらいですが全長8m以上あります
P5280360.jpg
↑クリック 縦画像

と、ここで雨が本降りになってきたので中断←続きがあるのか?

中編(翌日)に……つづく

その3デス↓
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  1. 2008/05/28(水) 21:53:38|
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竜王古墳群=前編

旧山手村、R429を挟んでこうもり塚古墳の反対側、宿寺山古墳の南東600mくらいに位置。
16基ほどからなるようですが、大半は深い山の中ですし前中期墳墓のようです。
とりあえず今回場所が特定できたのは1号墳のみ(^ ^ゞ

竜王1号墳...龍王山の尾根だった場所も西側はごっそりエグられています<駐車可
P5220094ss.jpg
オリジナル尾根はごく僅か。この天辺に隠れてます↑

墳丘はわかる程度(5mらしい)、盛土は流失で蓋露出な箱式石棺
P5220072.jpg
↑クリック 縦画像 石棺長2.3m w=0.6m。

西向き?~埋没
P5220074.jpg
↑クリック 縦画像...何か埋まってるけど不明

天井隙間から~ 土というより木の葉が堆積で空間は極小
P5220077ss.jpg

なにか祀られてるから残れたのかな。。。
こうもり塚より南側って、あまり古墳が残ってないので貴重かも?
ただこれぢゃ……(^^;




追記:龍王山北頂にも3基の箱式石棺墳があります。

竜王11号墳...石棺長1.7m・幅0.45m 内部は赤いらしいが埋没。手前!奥は12号
PB290370z.jpg



竜王12号墳...石棺長1.85m・幅0.5mですが社殿の台と化して見えない。朱の残る石材使用
PB290372z.jpg
周りの石棺材を寄せ集めたか?



竜王13号墳...石棺長1.8m・幅0.5m これも殆ど埋まるが蓋遺存
PB290371z.jpg

後編→石室墳3基(8号、10号、15号)

↓ポイントは1号墳
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  1. 2008/05/26(月) 21:54:43|
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森林公園古墳群(仮)=前編

砂川公園上流の森林公園付近に位置。
(仮)で勝手に命名してますが名称未設定以前に資料にも載ってない未報告古墳みたいデス。
砂川公園の北側は黒尾古墳群なのですが、該当するものはないしエリアからも外れてる。
地権者さん曰く『誰も調査しに来たこともないし、そんな資料には載ってないやろ』と。
もちろん普段目に付く場所ではない……藪の中(^^;

1号墳(仮)...南に開口ですが前記事 ‘久米大池13号墳’ 同様まぐさ石と天井の隙間。同じ盗掘団か
P5250268.jpg
↑クリック 墳丘...といっても雑木とシダ。約12m*4mと小高いのですが

上が開いてるせいで羨門&閉塞石らしきが覗えます
P5250269ss.jpg

近年誰も入った形跡のない玄室。d=3.3m w=1.4m h=1.6m
P5250270.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

側壁~ 小ぶりな石材ながら整然と積まれてる
P5250271.jpg
↑クリック 逆サイド

奥壁~ このあたりでは珍しいパタン
P5250276.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

右片袖式の玄門部。まぐさ石は高い!羨道幅は0.6m 羨道長=推定2m
P5250289.jpg
↑クリック 床...何か埋まったままですが不明。

奥から~ あまり床が埋もれてるようにはないが、それにしては羨道が低い
P5250305.jpg
↑クリック 縦画像...with 見事な天井

開口部はやや窮屈ですがどうにか通過できます。
入らずにカメラ挿入しても奥壁の真ん中あたりまでしか写らないので入るしかない(笑)
昨日の雨でドロドロ、内部は湿気多し。いつもはそんなこともないのでしょうけど(^ ^ゞ

追記;後日もう1基出てきたので古墳群に昇格(?)→森林公園古墳群(仮)=後編

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  1. 2008/05/25(日) 18:34:42|
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久米大池古墳群=前編

総社市久米、砂川公園入り口付近の北側にある久米大池。
その北東にある最初の墓地の中央に1基、石室が開口しています。
古墳群は18基から成り1号墳は前方後円墳、他の殆ども同時期らしい墳丘墓。
後期石室墳は3基くらいのようです but資料いい加減で 唯一開いてるこの1基すら特定できず。

久米大池13号墳(?)...オーラが出てるのですぐに気付く(^ ^ゞ
P5230224.jpg
↑クリック 背後から墳丘...眺めのいいところです

本来の羨道位置は完全に埋もれてる
P5230218.jpg
↑クリック 横から墳丘...羨道は下の段

開口してるのは玄室最初の天井と玄門まぐさ石の間
P5230219.jpg
↑クリック 縦画像...天井石露出気味

玄室内部...目測 d=3.5m w=1.3m h=1.7m ほど。
P5230213.jpg
↑クリック 縦画像...側壁石材は丸っこい

左片袖らしき玄門
P5230207ss.jpg

鏡石なんて概念皆無の奥壁で古さは否めない
P5230216ss.jpg

開口部は余裕で通過できますが・・・・
降りるというより落ちるって感じだし、、、出られなくなる可能性大なのでPass(^^;←続篇にて入ってみました

追記:2009.May後編

追記:2010.Apr続編へ<入室

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  1. 2008/05/23(金) 21:06:40|
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杉尾古墳群

岡山市吉備津杉尾、先の鼓山(羽柴秀長本陣跡)への入山口から東側に位置。
1基(5号墳)は尾根上だし石室があるかどうかも定かではないので登らず(^ ^ゞ
麓の4基限定で……あるにはあった。。。

杉尾1号墳...山神社の脇に天井石が並んでるだけ
P5170286.jpg
↑クリック 縦画像

後方から~
P5170289.jpg
↑クリック 横から



杉尾2号墳...神社から東に延びる道の下側。墓地を越えた頃に露出
P5140199ss.jpg

天井石
P5140194ss.jpg

南に開口ですが埋もれてますorz
P5140200ss.jpg



杉尾3号墳...2号墳の30m東。やはり露出&埋没
P5140202ss.jpg

同様に南向きですが羨道埋没
P5140203.jpg
↑クリック 内部

最奥の天井(奥壁?)も露出
P5140201.jpg
↑クリック 石室内部...石材加工面は向かいの吉備の中山と極似



杉尾4号墳...なおも東に進むと道を遮るように石室
P5140208s.jpg

南向きですがやはり埋まってる
P5140210.jpg
↑クリック 縦画像...全長5m+羨道痕、玄室幅1.2mほど

……とまぁ、破壊されてはないのですが すべてほとんど埋まってます。
アクセスしやすいのがせめてもの救い(^^;

追記:2017.Apr→杉尾古墳群:追記

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  1. 2008/05/21(水) 18:08:33|
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石子山古墳群

岡山市下足守、前記事“湯舟谷古墳群”より700mほど南東、
車道で大きく左回りする直前あたりに位置します。
全9基からなったようですが、車道ルートでいくつかは消滅したもよう。
道沿いに2台ほどの駐車スペースあり。

石子山2号墳...12m*4m、状態のいい墳丘
P5190412ss.jpg

南向き。開口部幅は0.6m h=0.4mほど。
P5190415.jpg
↑クリック 別角度...清掃前(^ ^ゞ

羨道から内部...微かに何か……
P5190417.jpg
↑クリック 内なら羨道...羨道長は2mほど

玄室~ d=3.2m w=1.4m h=1.5m  床には多くの石棺片
P5190419.jpg
↑クリック 縦画像...石棺は中央にまだ少し埋まってる

最大の欠片は蓋かも
P5190424.jpg
↑クリック 縦画像...with 奥壁

側壁~ 顕著な持ち送り、精度は良い
P5190425.jpg
↑クリック 逆サイド

奥壁~1枚+α
P5190427ss.jpg

玄門あたり~ 左片袖式だろうがハッキリしない袖部
P5190436.jpg
↑クリック 縦画像...まぐさ石は羨道に対しても1段低い

奥から~ 整然とした石積み
P5190433.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井も良く揃ってる



石子山4号墳(?)...2号墳のすぐ東に隣接。同等の墳丘
P5190445ss.jpg

が、、、開口してるのは墳頂、玄室最奥の天井消失
P5190446.jpg
↑クリック 別角度

奥壁~ w=1.2m h=1.4m ほどで入ると出るのが大変そうなのでパス
P5190448.jpg
↑クリック 左側壁

玄門あたり~ 羨道埋没
P5190450ss.jpg

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  1. 2008/05/19(月) 20:53:33|
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湯舟谷古墳群

岡山市下足守、前記事:法源寺塚古墳の東300mほど、
密集群であることは知ってたのですが、この一帯は採土場とかが多くアクセスしにくいのでずっと敬遠。
but...法源寺塚の折り、迂回気味に道があることが発覚
全16基から成りますが範囲は極めて狭い。もう、そこらじゅう墳丘だらけ(^ ^ゞ

その1...道の左側斜面がなだらかになったころ現れる15m級の墳丘
P5170291ss.jpg

奥壁らしきを残すのみ?
P5170290ss.jpg



その2...1のすぐ隣(北側)で南に開口
P5170294ss.jpg

開口部正面...羨道は不明
P5170311ss.jpg

玄室~ d=3.3m(+痕1m) w=0.9m h=1m
P5170296.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

小型ながら奥壁は1枚
P5170301.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

奥から~ 
P5170304.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井



その3...2のまたすぐ北側で20mくらいの墳丘
P5170313.jpg
↑クリック 墳丘...山寄せながら下からだと高さは5m以上ありそう

開口部は極狭っ!
P5170314.jpg
↑クリック 拡大...とても通過できない

仕方なくカメラ挿入...埋もれてるし(^ ^ゞ
P5170323.jpg
↑クリック 奥...左片袖か?



その4...3の西上、しっかり墳丘は残るが開口しておらず
P5170331ss.jpg



その5...4の北上、墳丘はやや削平。南東に開口
P5170334.jpg
↑クリック 別角度...with 墳丘

玄室内部 d=2.8m w=0.9~1.1m h=1m 羨道は不明
P5170336.jpg
↑クリック 縦画像...規模のわりに石材は大きい

奥壁は均等な2段積み
P5170340ss.jpg

奥から~ 
P5170343.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井というか、天井のみ



その6...10mほどの墳丘だが開口部埋まってます
P5170346ss.jpg



その7...6の上。盗掘痕はあるが掘り当ててないもよう。大きな墳丘なのに
P5170347ss.jpg
径15mほどで高さは3mほど。ほんとココの群集の墳丘は大きい&高い



その8...やや間隔を経て谷部中央に15mほどの墳丘
P5170348ss.jpg

But, 石材はほどんど抜かれる。奥壁のみ
P5170350ss.jpg



その9(2号墳)...20m級の墳丘で南に開口
P5170352.jpg
↑クリック 背後から墳丘...高さも4mほどあり、群中最大

南に開口。羨道消失、墳丘の径から察するに玄室もショートカット
P5170356ss.jpg

それでも d=5m残る玄室 w=1.8m h=2m
P5170361.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

側壁~ 明らかに他の石室よりは後時期
P5170377.jpg
↑クリック 逆サイド

奥壁~ 鏡石+器用な石積み
P5170365.jpg
↑クリック 縦画像...蝙蝠も最大と知ってか?ココだけ

奥から~
P5170372.jpg
↑クリック 縦画像...with 巨石天井



その10...9のすぐ下で15mほどの墳丘、南に開口
P5170388.jpg
↑クリック 縦画像...with 墳丘

やはり羨道不明で玄室~ d=3m(+痕2m) w=1.2m h=1.3m
P5170390.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

奥壁あたり~ 整然と積んである
P5170393.jpg
↑クリック 縦画像...with 最奥天井は切り石か

奥から~ 
P5170396.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井



その11...10のすぐ下。開口部極狭
P5170401ss.jpg

カメラ挿入...内部も埋もれ気味
P5170402ss.jpg



その12...11の脇。9~12は超密集
P5170406ss.jpg

墳丘はしっかり残るが石室は最奥のみ
P5170404.jpg
↑クリック 拡大...すぐ奥壁。w=0.9m

石室の状態はあまり良くないですが、墳丘はどれもしっかり残ってます。
それも大きく高い&密集……雑木で撮れないですが、そんな眺めは爽快(^_^)

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  1. 2008/05/17(土) 20:45:58|
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法源寺塚古墳

岡山市下足守、稲荷奥の院から足守側に降りる道の北側、法源寺の裏にありますが
この寺は寂れてあるのかないのか分かんないほど(^ ^ゞ

名称に“塚”とついてますが墳丘はハッキリしません
P5150285ss.jpg

羨道消失、玄室も短くなってると思われます
P5150269.jpg
↑クリック 縦画像...残存全長は4.5mほど

いろいろ祀られてる玄室 w=1.5m h=1.5m かなり後期風
P5150271.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井は2枚のみで3mほど

奥壁あたり~ 下部は見えませんが1枚っぽい
P5150273.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

奥から~ どっしりとした腰石仕様の側壁
P5150278.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

道は一応あります(^ ^ゞ ↓ Lを曲がらず直進
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  1. 2008/05/15(木) 23:47:38|
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鼓山古墳群

岡山市立田、吉備の中山北側の山、ほぼ頂上(正確には先の大平山の尾根)
4基から成るようですが石室が確認されてるのは3号墳のみ。
その3号墳あたりまでは航空写真を見てると道がありそうなので登ってみましたが
一直線に上に向かってる道なので急斜面(汗
やっと辿り着くとそこには巨大な丘……

鼓山3号墳...20mいや30mちかくある丘←あえて丘
P5140230ss.jpg
もう草も青々としてる(^^;
大きすぎるので、これは3号墳以外の墳丘墓かなぁ~と頂上に至ると石室露出

分厚い天井石・・・頂上なのにどこから持って上がったんだ?
P5140215.jpg
↑クリック 説明板←ところが古墳については触れてない
この上に座って陣取ってたんだろうなぁ。彼らは千年も前のお墓だと知ってたのだろうか?

羨道側から...南南西向きで全長は約6m
P5140220.jpg
↑クリック 縦画像...手前2つの天井は小ぶりなので袖アリか

隙間から奥壁~ 玄室幅は1.3mほど
P5140223.jpg
↑クリック 天井寄り

上から露出奥壁
P5140225.jpg
↑クリック 内部から同所

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  1. 2008/05/14(水) 23:48:43|
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大崎古墳群=行者道後篇

ひきつづき行者道を降ります

その16(63号墳)...南に開口ですが北も開いてます
P5090043.jpg
↑クリック 縦画像...墳丘の削平

通路になっており、石室も半分くらいにカット d=3.5m(+残像3.5m) w=1.6m h=1.6m
P5090044.jpg
↑クリック 玄室拡大...石仏も側面に安置

側壁、、、巨大な石材が変則的に並ぶ
P5090047.jpg
↑クリック 逆サイド



その17(62号墳?)...墳丘は割と残ってるけど、石仏が並び入れません
P5090029.jpg
↑クリック 別角度...南に開口

内部・・・目測で d=4m w=1.1m h=1.4mほど
P5090031.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

鏡石+αの奥壁
P5090038ss.jpg



その18(61号墳?)...南に開口で墳丘も明確
P5090061ss.jpg

天井は2枚残存で3.2m w=1.4m h=1.6m
P5090052.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井。側壁もドッシリ

奥壁は2段積み
P5090057.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井



その19(64号墳?)...南向き、天井は2枚で1.6mだが側壁は長く残る
P5090062ss.jpg

正面から~
P5090066.jpg
↑クリック 縦画像...全長は3m以上

この近辺の石室の側壁は大きい!
P5090069.jpg
↑クリック 逆サイド

奥壁周辺...1枚! w=1.2m h=1.5m
P5090067.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

               -----さらに小石室-----
-----J...もう殆ど平地
jP5090004.jpg
↑クリック 別角度...埋もれてますが高さはもっとあるようです

-----K...墳丘不明 石材を組み直したのかもしれない
kP5090002.jpg
↑クリック 拡大

ここまでが行者道で池に戻ります


その20(36号墳?)...1719あたりの南には竹林が広がり、それを100mほど南下。
駐車ポイントから池の東側を登っても辿り着ける場所に10m程の墳丘
P5090011.jpg
↑クリック 縦画像...墳頂。天井1枚露出

ほぼ西向きに開口。土砂流入はないが竹の根が侵略
P5090013.jpg
↑クリック 縦画像

玄室自体の状態はいい...d=4m(+羨道痕1.5m) w=1.4m h=1.9m
P5090018.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

奥壁にある謎の“目”
P5090022.jpg
↑クリック 奥壁全体画像...比較的古そう

奥から...無袖式のようです
P5090023.jpg
↑クリック 縦画像...with 均等な天井



その21(45号墳?)...お遍路道と行者道の間の谷の最奥に位置で20m級の墳丘
P5090073ss.jpg
画像中央に東向きの開口部

狭いデス(^ ^ゞ
P5090074.jpg
↑クリック 拡大...比較対照に脇にあった松毬を置いてみた

でも玄室(笑) d=4.5m(+羨道2m) w=1.6m h=1.6m
P5090076.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井。かなり埋もれ気味

やや粗い側壁...古そうです
P5090088.jpg
↑クリック 逆サイド...同様

奥壁は2段か?下部は埋もれて不明
P5090091.jpg
↑クリック 縦画像

右片袖式の玄門。まぐさ石はいい形(^_^)
P5090107.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井。袖部は控え目

奥から~
P5090096.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井!

探せばまだ5基くらいはあるのだろうけど疲れたので終了(^^; (半年後に壊滅ながら9基追加)

追記大崎古墳群=西部(22~30) 2008.11.06

Map_Pointは駐車スペース。続きを読むに分布図
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  1. 2008/05/09(金) 23:00:00|
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大崎古墳群=行者道前篇

頂上から出発点の池に向かっての谷を降りる行者道。
道中石仏を祀った小さな石室が点在してますが横穴式だったのか定かではないものも...
いちおう軽く並べてはおきます。

その12(74号墳?)...やや奥まった雑木林の中。墳丘流失、天井露出
P5070337.jpg
↑クリック 別角度...天井、かなりズレてます

羨道側から内部...ほとんど埋没
P5070339ss.jpg

奥壁も手前に天井石落下で見えない
P5070342ss.jpg

奥から~ d=4.8m w=1.3m h=1m(現状) 無袖式のようです
P5070344.jpg
↑クリック 羨道あたり



その13(77号墳?)...道の脇に墳丘で裏に開口
P5060231.jpg
↑クリック 墳丘...<道から

天井は最奥1枚を残すのみだが天井石が大きいので奥行きは2mほどはあり
P5060224.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

奥壁 w=1.2m h=1.3m
P5060227ss.jpg

奥から...側壁もあまり残ってないが……
P5060228.jpg
↑クリック 玄門あたり...右片袖のようです

     -----この先、社を過ぎると急斜面で小さな石室が道沿いに並ぶ-----

-----A...石仏も入らない小ささ
aP5060235.jpg
↑クリック 内部...奥壁も無い?

-----B
bP5060237ss.jpg

-----C...天井以外は良く残ってる(56号墳?)
cP5060238.jpg
↑クリック 縦画像 d=3m w=0.8m h=1m

-----D...こちらも同様(57号墳?)
dP5060243.jpg
↑クリック 縦画像 d=3m w=0.7m h=1m

-----E...横穴式の流用ではないかも
eP5060245ss.jpg

-----F...これも短くて墳丘もない
fP5060246s.jpg



その14(60号墳?)...無袖式で南南東に大きく開口
P5060247.jpg
↑クリック 正面から

内部...d=5m(+羨道痕2mほど) w=1.2m~1.7 h=1.7m
P5060251.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

大きな石材が積まれた側壁
P5060253.jpg
↑クリック 逆サイド

奥壁には誰かが掘られてる
P5060254.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

奥から~ 胴張りで持ち送りナシ
P5060256.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井



その15(58号墳?)...道の脇だが開口部が狭いためか石仏は安置されてない
P5060265s.jpg

石室内...d=3.2m w=1m h=1m
P5060267.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

奥から~
P5060270.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

-----G
g5060271ss.jpg

-----H
hP5060272ss.jpg

-----I
iP5060273ss.jpg

後編に...つづく

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  1. 2008/05/07(水) 22:16:43|
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大崎古墳群=遍路道後篇

ひきつづき大崎古墳群の西廻り~
先の5基は南に延びる支尾根でしたが、それ以降は東西に伸びるメイン尾根および山頂付近。

その6(71号墳)...南尾根を登り切った所で南西に開口
P5060147.jpg
↑クリック 墳丘...背後から。墳頂に石材露出

玄室 d=5m(+羨道痕1.5m) w=1.2~1.4m h=1.8m
P5060149.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井。かすかな持ち送り

煩雑に積まれた側壁、腰石の概念は全くない
P5060158.jpg
↑クリック 逆サイド

でも奥壁は一枚
P5060152.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井。墳頂に見えてるのは最奥天井ですな

奥から~ 右片袖だったもよう。まぐさ石も消失
P5060156.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

            -----すぐ東にある箱式石棺墳(69号墳)-----
65P5060165.jpg
↑クリック 別角度...w=0.5m L=1.8m で外された蓋も点在



その7(70号墳)...そのすぐ東に10mほどの墳丘で南西に開口
P5060166ss.jpg

羨道(d=3.6m w=1.3m h=1.3m)から内部
P5060168.jpg
↑クリック 縦画像...玄門はかなり下がる

玄室~ d=3.3m w=1.7m h=1.7m 側壁上段部は整然
P5060170.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

奥には箱式石棺
P5060172.jpg
↑クリック 縦画像



奥壁は1枚+α
P5060173ss.jpg

奥から~ 大きなまぐさ石を用いた左片袖式
P5060179.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井



その8(68号墳?)...またすぐ東に10m位の墳丘。同様に南西向きに開口
P5060188.jpg
↑クリック 縦画像

羨道(d=2m w=0.8m h=1.2m)から内部
P5060193.jpg
↑クリック 縦画像...天井は高い

玄室 d=4.5m w=1.5m h=1.7m
P5060194.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

ちょっと変わった奥壁
P5060196.jpg
↑クリック 縦画像...側壁は上手く沿ってます

奥から~ 背の高い袖石よ用いた右片袖式。一貫性は無いが苦心の末の側壁
P5060198.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井。良くまとまってる



その9(72号墳)...やや離れて位置し南東に開口。
P5060204.jpg
↑クリック 墳丘画像...10m程だがやや低め

顕著な持ち送りで細長く感じられる石室。羨道1.2m 玄室3.8m w=1.1m h=1.5m
P5060206.jpg
↑クリック 縦画像...with 幅狭な天井

側壁は古そうなパタン
P5060218.jpg
↑クリック 逆サイド...中央あたりが膨らんでヤバイ(^ ^ゞ

中程から奥、、、きっちり面は出てるのだけど@側壁
P5060212.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井。奥壁は4段

奥から~ 玄門は下がってるので明確(※ちゃんと元に戻しましたから<謎(^^;)
P5060215.jpg
↑クリック 縦画像...いつかは崩壊?

お遍路ルートの石室+石仏巡りはここまで(その4は除く)


その10(34号墳?)...から西に尾根伝い。谷に下り始める直前で石材露出
P5070304.jpg
↑クリック 正面から...羨道は埋没だが天井が外れてるので入れます

奥も埋もれてるが玄室の状態はそこそこ。d=5m(+羨道2m程) w=1.3m h=1.5m
P5070308.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

側壁~ 石材は小さいが積み方に古さは感じられない
P5070316.jpg
↑クリック 逆サイド

奥壁は7割方埋もれてるので不明だが、幅いっぱいなので1枚な予感
P5070318ss.jpg

奥から~ 無袖式
P5070320s.jpg

玄門は明確。崩壊だが羨道も残存
P5070327.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井



その11(73号墳)...から山頂に向かう南斜面で南西に開口
P5070295ss.jpg

覗き込むと筒抜け(^ ^ゞ d=2.6m w=1.3m h=1mほど
P5070298.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

            -----やや東にある箱式石棺墳(67号墳)-----
115P5070292.jpg
↑クリック 別角度...w=0.7m L=1.9m 横穴式だったかも?定かではない   これにて山頂

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大崎古墳群=遍路道前篇

岡山市大崎、最上稲荷の龍王山の西にある三上山頂上から南西に広がる大古墳群。
横穴式石室墳は40基以上、前方後円墳や墳丘墓の含めると77基にもおよぶ・・・らしい。
谷部入り口の2つの池の間から、とりあえず西廻りの“お遍路道”を登る。

その1(43号墳?)...10mほどの墳丘で南西に開口。
P5060024.jpg
↑クリック 縦画像

無袖式で長さは6.8m(天井5.6m) w=1.4m h=1.6m この群の石室には石仏が安置されてる
P5060029.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

奥壁~
P5060035.jpg
↑クリック 縦画像...中程から奥

奥から~ 持ち送りナシ
P5060037.jpg
↑クリック 縦画像...with 真っ直ぐな天井



その2(42号墳?)...やはり無袖式で南西に開口
P5060044ss.jpg

d=4.2m w=1.1~1.4m h=1.4m<玄門は少し低い
P5060047ss.jpg

側壁石材は大きく、ほぼ2段
P5060049.jpg
↑クリック 逆サイド

奥あたり~ 側壁にくらべ奥壁材は小さい
P5060051.jpg
↑クリック 縦画像...with 平らな天井

奥から~
P5060056.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井



その3 知足院古墳(41号墳)...群中最大墳で墳丘も20m*5.5m 南に開口
P5060064.jpg
↑クリック 縦画像

羨道 d=5.9m w=2m h=1.9m から内部。
P5060066.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井。羨道だけで他の石室よりも大きい

巨大な玄室 d=5.1m w=2.3m h=2.7m 4段基調の側壁も大きいがきっちり持ち送る
P5060069.jpg
↑クリック 縦画像...with 巨石天井

奥壁あたり~ 4段目は上に突き抜ける
P5060073.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

奥から~ 右片袖式でまぐさ石も袖石も巨大。
P5060079.jpg
↑クリック 縦画像
...with 天井



その4(40号墳)...知足院古墳の先、これのみ道から奥まったところで放置状態&開口部も狭い
P5060099.jpg
内部から開口部

玄室は3.3m(+羨道1m) w=1.3m~1.6m h=1.6m 若干埋もれ気味。石仏は無い!
P5060109.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

側壁~ 前後の2基にくらべ明らかに古い
P5060112.jpg
↑クリック 逆サイド

奥壁にも拘りナシ
P5060114ss.jpg

奥から~ しっかりとした左片袖式
P5060118.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井



その5(39号墳)...さらに登ると道沿いで南に開口
P5060127.jpg
↑クリック 縦画像...墳丘は5mほど

唯一の両袖式。羨道は4m w=1.3m h=1.8と縦長。 玄門は一段低くh=1.5m
P5060144.jpg
↑クリック 縦画像
...with 天井

綺麗な玄室 d=5.9m w=2m h=1.7m
P5060130.jpg
↑クリック 縦画像...天井も素晴らしい

丁寧に積まれた側壁。顕著な腰石仕様で安定感
P5060133.jpg
↑クリック 逆サイド

奥壁周辺~ 鏡石は四角い1枚
P5060134.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

奥から~ 前のその4とはえらい違い(^ ^ゞ
P5060139.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

後編へ……つづく

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  1. 2008/05/06(火) 20:00:00|
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最上稲荷奥の院古墳群(仮)=前篇

先の龍王池東古墳群(仮)記事にて、奥の院参道東側にも名無し古墳があるとの書き込みを頂いた。
手持ちの資料でもそこは空白地域...これは行ってみなくては!
参道から龍王池とは逆に細い道に入りフラフラと~なんと道沿いに数基発見!
全然奥まったところでもないし、道も結構広く掻き分けるモノは何もない。
どうしてこれが名無しどころか“未登録”なんだ??? しかも・・・・

その1...平坦なところで7m程の墳丘もしっかり残ってるが羨道消失
P5030196.jpg
↑クリック 横から墳丘

南に大きく開口 
P5030198.jpg
↑クリック 縦画像

かなり後期っぽく、終末期風いでたちの玄室 d=3m(痕跡1.3m程) w=1.3m h=1.4m
P5030200.jpg
↑クリック 縦画像...天井も加工されてる表面

奥壁あたり~ 2段というより1枚+アジャスト。側壁も奥は巨大
P5030215.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

奥から~ 持ち送りナシの無袖式
P5030217.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井。

粘土のようだが やはり目地に塗り込まれてる側壁
P5030226.jpg
↑クリック 別画像...表に転がる天井らしき石



その2...小さな墳丘はこんもり、but前面部崩壊&大木
P5030173.jpg
↑クリック 横から墳丘...これが脇道から一番近い

隙間からどうにか入室。 d=3.5m(+痕跡2m) w=1.0m h=1.3m
P5030176.jpg
↑クリック 縦画像...小型だが、同様にかなり後期っぽい石材&石積み

奥から~ 天井崩落
P5030187.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井



その3...天井露出で数枚は外される
P5030166.jpg
↑クリック 横から

ここの石室はすべて南向き
P5030167ss.jpg

奥壁も剥がされ斜め
P5030170.jpg
↑クリック 上から



その4...天井露出気味だが墳丘はなんとなく残存
P5030145.jpg
↑クリック 縦画像...2m程の石室痕跡

平たい開口部
P5030146.jpg
↑クリック 別角度

石室内部 d=2m w=0.9m h=0.9m
P5030148.jpg
↑クリック 上から...露出天井

奥壁あたり~ やはり2段だが9:1とか8:2のパタンが多い
P5030152.jpg
↑クリック 縦画像...with 平坦な天井

奥から~ 
P5030158.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井



その5...墳丘流失&破壊
P5040328.jpg
↑クリック 別角度...天井は無いが側壁は遺存

しかもド真ん中に木が・・・ 石室長は4m程
P5040329ss.jpg

最奥天井は辛うじて残る
P5040333ss.jpg

下部は埋もれてよくわからない(^ ^ゞ w=0.8m
P5040335.jpg
↑クリック 縦画像...上段といい天井といい、、、スゴい表面



その6...これのみ藪に覆われてるので見つけにくい
P5040358.jpg
↑クリック 縦画像...前半は崩壊

奥の天井は有り
P5040351ss.jpg

内部 w=0.8m h=0.7m 奥壁は同じパタン
P5040355.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井



その7...やはり奥以外は崩壊状態
P5040338.jpg
↑クリック 正面から

片側崩落の天井石
P5040340s.jpg

同様に2段の奥壁  内部はw=0.8m h=0.8m
P5040342.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

上から~ 元の石室長は4mほどか
P5040346.jpg
↑クリック 縦画像



その8...10m級の墳丘で高さも2m以上残す。玄門もアリで玄室の状態は良い
P5030263.jpg
↑クリック 縦画像

持ち送りのない石室はかなり後期風 d=4.3m w=1.2m h=1.4m
P5030265.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

開口部で曲がる側壁
P5030277.jpg
↑クリック 逆サイド奥...目地にはいっぱい塗り込まれてる

奥壁あたり~ めずらしく1枚!しかも真四角
P5030269.jpg
↑クリック 縦画像...with 切石風天井

奥から 無袖式 羨道は何故か左に曲がるP5040372.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

まだまだ・・・・・・・つづく(^^;

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