古墳奮闘

   古墳絵日記……GoogleMapにピンリンク~続きを読むでプチ感想・情報

稲荷霊園古墳群=前篇

岡山市高松、最上稲荷の西の霊園内、先の慕田谷奥古墳群のすぐ手前(東)です<徒歩3分ほど
その名の通り墓地の中に点在、7基からなるそうですが確認できたのは5基。
7基と示すその資料では全基【古墳/円墳(小型)、横穴式石室、石室大きく破壊。<立地>山腹。】の羅列
ですから探訪候補に挙がったこともなく…期待もせず慕田谷奥古墳群のついでに寄ってみただけ。。。

ところがどっこい(笑) どれが小型だ? どこが破壊だ? それどころか……

その1...頼りの資料がそんなですから採寸したところで何号墳かまったく不明。
P4280360ss.jpg
墓地内に墳丘も残されており、開口部は下の段の墓地

棚田でよくみる感じで開口。南南西向き
P4280361.jpg
↑クリック 開口部正面...羨道の天井は消失だが側壁は残る

内部から羨道、長さ3.5m w=1.3m h=1.5m
P4280362.jpg
↑クリック 羨道先端...これは霊園造成時の石垣

玄室!!! d=4.8m w=1.7m h=2.2m ← 一昨日の大塚古墳群と大差ない
P4280363.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井。これが小型?(^^; 破壊?(^^;

側壁...はやり目地には塗り込まれてる
P4280364.jpg
↑クリック 逆サイド

奥壁あたり~ 天井が高いので巨大鏡石でも足らなかったもよう。側壁も大きい
P4280365.jpg
↑クリック 全面奥壁縦画像

左片袖式の玄門、袖石も一本で立派なり
P4280366.jpg
↑クリック 縦画像...まぐさ石も立派なもの

奥から~ 言葉もない(^ ^ゞ
P4280367.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井。色んな意味で...ため息(^^;



その2...1と同じ段、40mほど南東で上段に墳丘
P4280380.jpg
↑クリック 縦画像...春蝉が鳴いてた“森”

開口部は同様の構えだが羨道は消失。まぐさ石も無い
P4280382.jpg
↑クリック 縦画像...with 墳丘。袖石は石垣の一部と化す

玄室~ d=4.5m w=1.7m h=2.1m (石室全長は5m)
P4280385.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

側壁...丹塗りの形跡はなくその1よりは石材も古そうです
P4280386.jpg
↑クリック 逆サイド

奥壁...これもやや古いパタンです
P4280388.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

奥から~ 後世の石垣ではなく元来の両袖式デス。正面に太陽があるので辛い(^ ^ゞ
P4280393.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井



その3...一段上と二段上の間で棚田状ではなく、五基中これのみ東よりに開口
P4280399.jpg
↑クリック 縦画像...羨道跡が2mほど

石室内部 d=5m W=1.2m h=1.6m 片側がかなり押されて傾いてる
P4280401.jpg
↑クリック 縦画像...これとて小型とは言い難い(^^;

中程、ヤバそうな側壁。逆側は整然
P4280403ss.jpg

奥壁あたり~ いちばん古そう
P4280405.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

奥から~ 
P4280406.jpg
↑クリック 縦画像...with 綺麗に揃った天井

後編に……つづく

Map_Point↓はその1、中央の“森”がその2
■Point_Link by GoogleMap

行ってみなきゃわかんない(笑)

...ってか、近辺の雑木林の中を掻き分けて山を登り続けてた日々が虚しくなるほど(^ ^ゞ
車で乗り付けられる、それも近場にこんな石室が残ってるなんて!

しかも・・・・後編につづく(^^;........だし。
  1. 2008/04/28(月) 23:59:59|
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