古墳奮闘

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法事古墳

岡山市北区大安寺、吉備の中山の東側に位置する矢坂山。
若宮古墳のオマケに載せた矢坂山東古墳群の西側に20基から成る矢坂山西古墳群があるのですが、、、
殆どは東同様小型&壊滅状態なれど1基だけ石室が残ってそうなので探してみました(矢坂山西14号墳)

他のは尾根頂沿いなれどコレだけは谷に近い山腹で山寄せ
P4225301.jpg
↑クリック 逆サイドから...墳丘現状は10m*2mくらいで、かなり流れてる

古いけど説明板もアリ。
P4225302z.jpg
転記↓

法事古墳(ほうじこふん)
 この古墳は横穴式石室墳といい六世紀後半(今から約千四百年前)に築造された墳墓で、石室に出入りができるようになっていて古墳を築造した家の人々が次々に葬られた代々の家族墓です。墳丘は流失していますが十数メートルの円墳で遺骸を葬る石室は長さが約八メートルあります。この古墳は、東正野田から大安寺にかけての山や谷に築造されている多くの横穴式石室墳のうちでは大形のもので、当時この地域を支配していた有力者の墓です。従ってこの地域の歴史を考えるうえからもかけがえのないものです。また、この地の先祖が残した私たち共通の文化遺産として大切にしなくてはならないものです。このような古墳をはじめ遺跡をかってに掘ったり壊すことは、法律で固く禁じられており、もしこれを犯すと罰せられます。
               昭和四十七年十月二十九日
               地主 井上○○○
               岡山市教育委員会


羨道天井は消失、玄門で南に開口
P4225303.jpg
↑クリック 全体...with 墳丘

石室内部~ 玄門以降はほぼ完存 残存羨道長は2.4m w=1.3m h=1.3m
P4225304.jpg
↑クリック 縦画像...with まぐさ石

玄室~ d=4.5m w=1.9m h=2m
P4225305.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

側壁 やや粗い。中山の香りはあまり無い
P4225306.jpg
↑クリック 逆サイド

奥壁~ ほぼ1枚の鏡石
P4225307.jpg
↑クリック 縦画像...with 高い天井

玄門~ 3段積みの左片袖式
P4225308.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

奥から~ 持ち送りナシ。全長約7m
P4225309.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井

他は蓋のない箱式石棺状態の元横穴式なのに、、、格差ありすぎ(^^;


分岐手前にある1基(A)。東古墳群ほどぢゃないけどこの程度は幾つもある
PP4225330.jpg

■Point_Link by GoogleMap

史跡巡りも一休みで山登り~<逆だろっ(笑)
早期にリストアップしてたのですが場所が???いくら調べても判らなくて・・・
高いし結構広い山ですからついつい敬遠(^^;

でも遊歩道も整備されてて市教委の説明板まで立ってるのに何故情報が一切無いんだ?
遊歩道からの分岐点に案内を1つ立てるだけで結構メジャーになるのになぁ。
(操山ほどじゃないにしろ、この山を歩いてる人は割と多い)

アクセス図
houji.gif←クリック 拡大

遊歩道は多いけど、どれも入り口が判りづらい(汗
でも、どこから登っても夫婦岩すべりやまに誘導されます。
その西にある送電鉄塔(2本中東側)から南へ降りる道、
150mほど下ると左の雑木林に向かう謎の分岐がありそれをクネクネと80m程。
  1. 2009/04/22(水) 20:42:33|
  2. 岡山市内
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