古墳奮闘

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小林古墳(仮)

矢掛町小林井出の手、といえば井出の手古墳群ですが県道&川を挟んで西側。
南から2つめの“支脈”の上にポツンと位置する名称未定墳 矢掛町史に準じて“小林古墳”

墳丘は17m*3m級(上部流失でもこれくらいあります)……でも撮れません(^ ^ゞ
P4186411z.jpg

墳頂~玄門-羨道の石材は露出
P4186412z.jpg

東向き尾根ですが頂部なのでお構いなく南に開口
P4186413.jpg
↑クリック 斜めから...欠損ナシの羨門デス

羨道~ L=2.7m w=1.3m h=1m(現状)
P4186414.jpg
↑クリック 縦画像...まぐさ石は片方だけ下がる?羨道施工ミス?

内部から玄門~ 構造は両袖式なれど明確な袖は無く湾曲して細くなる
P4186415z.jpg

玄室~!!!見事な名無し!!! d=5.5m w=2.1(胴張) h=2m(現状)
P4186416.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井(ストロボ撮)。基本、持ち送りナシ。

側壁~ イレギュラーで奥のほうが小粒になるにはワケがあります
P4186417.jpg
↑クリック 逆サイド...こちらにワケはないけど、それでも同じ傾向

二等辺三角形の鏡石 で、右側の隙間は詰めず……なんと側壁を曲げて直に当てるスゴ技(だから側壁材が小粒)
P4186418.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井(ストロボ撮)。胴張りなので奥壁幅は1.6mしかない

奥から~ 石室全長8.2m 若干隙間はありますがほぼ完存 (破壊して石材を流用しようなんて誰も思わない場所)
P4186419.jpg
↑クリック 縦画像...with 天井。堂々の…矢掛ベスト5入りか?(笑)

■Point_Link by GoogleMap

矢掛町史には載ってなかったと思いますが、GISにはいちおう・・・
横穴式石室、県道の西側。<立地>尾根上…とだけ。そんな扱い(^^;
スペック書かれてれば4年前に陽の目をみてたハズなんですけど(笑)

ただ場所が・・・。
尾根頂部なので登れば当たるでしょうけど、かなりの急斜面!!
こーゆーのって尾根の横から斜めに登ると外したりするしので
もちろん東の直下から真っ直ぐ登ったわけですが、気分はクライミング(大袈裟)

しかし、どうしてこんな場所に築造したんでしょう?
石室は南向きですし、東の下から登ったとは考えられないので西側の人なんでしょうけど
それにしてはこんな東の端っこなんかに造らなくても、
もっといい場所はいっぱいある気もします。
ひょっとして、他の尾根先にも…あ・る・の・か?って思わせるほど(笑)

まぁコウモリ塚とて西向きにて築造時期的に“どうして?”の場所ですが(^^;
  1. 2012/04/18(水) 15:21:00|
  2. 岡山西部
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4
<<僧都奥古墳群(仮) | ホーム | 泉川原古墳群=続編>>

コメント

井出の手1号も行ったばかりなのにな(^^;)
もっともここは井出の手とは全然違う場所だからどうしようもないか。
それにしても素晴らしいのが残っているな。
特に奥壁の三角形が見事、しかも詰め石をせずに
側壁を湾曲させているんですか、こんなの他にあったかな。
ベスト5に入るのも宜ならず(ベスト3はやはり小迫に荒神に向山かな)
当然再訪決定☆ミ凸ヽ(^-^) ポン
ただ登るのはかなり難しそう(^^;)

矢掛町史(旧版)を見たら泉川原も井出の手も載っていましたね。
?マークを付けているところを見ると一応探したのもの見つけられなかったみたい。
初心者のころではあそこは無理かw
そしてこの古墳かなと言うのも載っていました。
(地図がかなり粗いからはっきりは言えないけど)
以下引用
小林古墳(おばやし)
美山川を挟んで井出の手古墳群に相対する山中、尾根筋にある。
以前には川の東岸平地から横穴式石室の古墳が見えていたと伝えられる。
古墳時代後期、未確認。
(引用終わり)
これだけ、未確認って町史に載せるくらいなら確認しにいけよ(^^;)

  1. 2012/04/20(金) 20:10:13 |
  2. URL |
  3. 平家蟹 #-
  4. [ 編集]

麓まで車で行けて僅かなPスペースもありますけど、
無難さで云えば県道の彼処に駐めるしかないので、
全然違う場所のようでそうでもないかも(笑)

矢掛町史に載ってましたか(ワタシ、全てをコピーってるわけじゃないので(^ ^ゞ)
では尊重して『小林古墳』に変更(^^;  <なかなかフツーに読ませてくれない矢掛の地名

北側にも古墳があるらしい……付近にも数基ある可能性……とかとかとか
矢掛町史でお得意のフレーズですけど・・・実際ほとんど無い(爆)
聞き込みしてて連れて行ってくれるひとがいたらデータと写真がある……みたいな。

でココ、下から見上げると誰も連れてってくれないよなぁ~ですから未確認(^^;
ただ距離はたいしたことありません。備前車塚を思えば全然楽ちん(^o^)
道を付けたいところですが、木を切ると“掴み所がなくなる”ので逆に登りづらくなりそうです

余談ですが、4位と5位はコウモリ、カイチギとココがいい勝負(笑)カイチギは入り口で減点(^^;

矢掛町史といえば、向山の南西に平木古墳(No.49:かつては石室が覗けたけど今は埋没…みたいな)
が載ってると思いますが、完全に埋没してましたorz
町史が書かれたのち誰か掘ってないかなぁと期待してたのですが(^ ^ゞ
墳丘規模からして向山に迫る石室があっても不思議ぢゃないのですけど・・・残念!
  1. 2012/04/20(金) 21:22:10 |
  2. URL |
  3. かまどねこ #YZygDJcY
  4. [ 編集]

地図のおかげで無事たどり着けました。本当に感謝です。ありがとうございました。
真新しい木の切り口が目印になりました。
「どうしてあんなところに」ということですが、東の尾根は急ですが南や北の谷は緩やかみたいなので昔は道があったのかも。直下から登りましたのでつい登りやすいところを探しているとなんとなく獣道みたいなのが等高線と平行方向にある。ただの気のせいかもしれませんが。
それと、県道から遠目に見るとちょっと出っ張って眺めのいい場所にあるように思えました(今は木だらけですが)。そのおかげで私でも外から眺めて位置が特定できましたから。
楽しかったですm(_ _)m
  1. 2012/04/27(金) 11:52:44 |
  2. URL |
  3. みさご #-
  4. [ 編集]

お疲れさまですv-290

平家蟹さんも書かれてるとおり、町史には
「以前には川の東岸平地から横穴式石室の古墳が見えていたと伝えられる」
“以前”がいつなのか?なのですけど、つい最近だと思われます。
せいぜい100年前(古墳カレンダーだとすでに12月)くらい。

等高線と平行道は人が通った痕です。
でも登るのが目的でもないからなかなか上に行けません(笑)
昔(<これは今で云う昔)はキノコや山菜狩りで結構どこもひとが入ってました。
矢掛は美星同様マツタケ特産でしたし(^_^)

稲荷山なんかも50年前の写真は別世界です
(今の作山古墳みたいに松だけ)
  1. 2012/04/27(金) 23:29:53 |
  2. URL |
  3. かまどねこ #YZygDJcY
  4. [ 編集]

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